1. 人々のためにも道を

この20年間で最も魅力的なデザイン革新の一つとして、“共有される道(the shared street)”、つまり居住エリアの道における統合的なコンセプトが挙げられる。道は空間的・社会的に居住環境の一部であり、車の流れと社会的交流そして市民の活動が同時に利用するものである、というのが核となる考え方である。この件に関しては、多くの著者、たとえばケビン・リンチ、ドナルド・アップルヤード、ジェーン・ジェイコブス、J.B.ジャクソン、ウィリアム・ホワイトなどにより、長い間論じられてきた。しかし、このような特徴を有する伝統的な道はアメリカ都心部では依然としてみられるものの、現代のアメリカの郊外からは長い間消え去ってしまっている。

しかし他国の郊外では、居住エリアにおける道のデザインに重要な変化が起きてきた。オランダ、ドイツ、イギリス、オーストラリア、日本、イスラエルでは、道路上での社会的な交流と安全性、歩行者の動きを促進するような新しいデザインとして、交通と居住者のアクティビティを一つの空間へ統合する試みがなされている。

車と人の動きの統合
“共有される道”では、コミュニティと居住者に重きが置かれている。歩行者、遊ぶ子供、自転車ユーザー、駐車している車、動いている車、これらすべてが同じ道空間を共有する。一見、衝突が起こりそうだが、空間的に車のドライバーを下位に位置づけるようなデザインとすることによって、このような道では、事実、通常の道路に比べ、歩行者にとってより安全になっている。道を新たにデザインすることによって、道は歩行者の社会的・空間的な共通財産として生まれ変わる。歩行者のための“解放”は、車交通との完全な統合がなされることであり、反車政策を意味しているのではない。“共有される道”のコンセプトは、ヨーロッパで一般化し、多くの国で適用された。オランダは最初に“共有される道”を実施した国として特筆すべきである。

思想的な起源は、1963年にイギリスにおいて発表された、Colin Buchanan氏と“まちの交通(Traffic in Towns)”チームのレポートにさかのぼる。1959年、交通省はBuchananに都市交通を改善するための調査を依頼した。この調査は渋滞を削減してまちに車を受け入れるという視点から行われた。道路建設の技術者であり同時に建築家でもあったBuchananは、車の流れを促進することが、居住空間としての道そして舗装などの構造物を破壊することを見抜いており、チームに革新的な視点を与えた。1950年代末から1960年代始めにかけて一般的だった思想に対し、これは革新的とまではゆかなくても独自のアプローチであった。チームは“環境エリア(environmental areas)”あるいは“都市の部屋(urban rooms)”と呼ぶ特別な区域を設定することで、都市交通システムを再評価・再構成する技術を考え出した。この区域では、機能によって異なる交通レベルを与える典型的な手法とは異なり、交通量だけではなく、騒音や汚染、社会的なアクティビティ、歩行者への適用、そして視覚的な美しさなどによる環境的な質によっても評価がなされた。この環境的な評価軸は、規格や制限を設定するために使われた。このようにして特定の”環境エリア “では、車と歩行者を完全に分離したが、その他区域では、道空間は歩行者と車に安全に共有されることとなった。道を再び空間的にデザインし直すことによって、道は歩行者のための社会的な共通財産として生まれ変わるのである。

理論から実践へ
“まちの交通”レポートが発表された当初、イギリス政府は道路建設と鉄道改善による経済発展を促進しており、それに逆行するためか、イギリスの政治家には、レポートの考え方である環境エリアにおける“交通の統合”と“交通の静音化”という考え方はあまり受け入れられなかった。しかし1970年代末、イギリス政府が2つの省、交通省と住宅・地方政府省を合併して新しい環境部門を設立したときに、レポートは再び日の目を見ることとなり、重大な影響を与えることとなった。これは、土地利用の問題と交通計画を一つとして考えようとした最初の取り組みであったが、空間的な変化が現れるまでにはさらに時間がかかった。興味深いことに、“まちの交通”レポートは、ヨーロッパ大陸で大きな影響を及ぼした。ドイツやオランダのプランナーは熱心にこのアイデアを適用し、未だ多くのプランナーがBuchananを“交通の静音化の父”と呼んでいる。オランダではBuchananの理論が、デルフト工科大学およびエメン大学の教授であったNiek De Boer氏を触発することとなる。子供の遊び場と車の利用という矛盾を乗り越えるために、De Boerは、Buchananの共存のコンセプトに解決を見いだした。De Boerは、ドライバーがまるで庭の中を運転しているかのように感じるデザインをすることで、ドライバーが他のユーザーに気を遣うように仕向け、彼はその道を“ボンネルフ(woonerf)”つまり“生活の庭”と名付けた。ほぼ同時の1969年、デルフト市では都市の中心部での道路の舗装デザインの改善を考えており、子供の遊び場が逼迫していた低所得者層の居住エリアで、De Boerのアイデアを実施することを決定した。そして、住民の意見も取り入れながら、歩道と車道を一つの道路面に統合し、さらに木やベンチ、小さな前庭などを置いて、庭のような印象を作り出した。

先達としてのオランダ
デルフトでの実験は成功し、ボンネルフのコンセプトは、ガイドライン及び規則としてオランダ国内に伝播していった。ボンネルフのための最低限のデザイン基準と交通規則は、1976年にオランダ政府によって法定化された。“ボンネルフのための交通規則(Traffic Regulations for the Woonerf)”から抜粋した次の一文は、その革新的で綿密な性格を表している。“歩行者は、ボンネルフと定義されたエリアにおいては、道の幅一杯を使うことができ、道路で遊ぶことも許されている。ボンネルフでは、ドライバーは歩く速度より速く運転してはならず、遊ぶ子供を含む歩行者、警告のない障害物、不規則な道路面などの存在を許容しなければならない。”

その後まもなくこの考え方を適用した多くの国で、この規則は“共有される道”のガイドラインの基礎となっている。ドイツでは1976年、イギリス・スェーデン・デンマークでは1977年、フランスと日本では1979年、イスラエルでは1981年、そしてスイスでは1982年に適用されている。その後1990年までに、オランダとドイツにおいて3500本、日本で300本、イスラエルで600本以上の“共有される道”が建設されている。また新しい住宅地の一部では、このコンセプトが一般化し、主要な道のタイプにまでなっている。それぞれの国で違った名前があり、ドイツでは“Wohnstrassen(生活の道)”、イギリスでは“Shared street(共有される道)”または“Mixed court(混在する中庭)”、日本では“コミュニティ道路”、イスラエルでは“Rehov meshulav(統合された道)”と呼ばれている。今日“unified street system(統合された道のシステム)”は世界的な用語であり、オリジナルであるボンネルフに代表される基礎的なアイデアを包含している。

出典:Streets and the Shaping of Towns and Cities, Island Press, 2003
http://www.ArchWeek.com/2004/0505/building_1-1.html