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建築家西沢立衛のまなざしは、常にものの背後にある「枠組み」に注がれています。最終回を迎えた今回のレクチャーで、西沢は自身の建築を言葉との結びつきから語ってくれました。人間が世界を理解するために、言葉という枠組みで世界を分割したように、西沢は空間を理解するために、表面的な要素ではなく、そこに潜んでいる関係性を分析します。こうした関係性の思考により、西沢は空間を測ることとのできる対象に変えようとするのです。
単層性
建築とは都市、機能、環境、慣習などの様々な関係性が複雑にからみあってできているものです。それゆえ建築家は設計の過程でそれらの優劣を判断し、階層分けすることを迫られます。これに対し、西沢は建築の設計にあたり、そのプロジェクトで決定的な一つの関係性を選び出し、それを突き詰めると同時にそれ以外の関係性を除去していくという手法をとります。
例えば、外と内との関係から作られたウィークエンドハウスは、一方で各室の関係性は消去され、緩やかな1ルームになっています。これに対し、伴山人家プロジェクトの計画では、35LDKという諸室の関係性がテーマとなり、いかに空間を細かな部屋の単位に切り分けるかが探求されています。また、江田の集合住宅の計画案では、建築のヴォリュームを住宅へと分割することがテーマになっていますが、これによりその下のスケールである各室の関係性は除去され、住宅は1ルームに近い構成となっています。これに対し、船橋アパートメントでは、建築を部屋のヴォリュームに分割することが問題になっており、それより上のスケールである各住宅の単位はむしろ目立たないように消されています。
つまり、西沢の建築の明快さは、決定的な一つの関係性が建築の全てを支配するという関係性の単層性、思考の階層性の不在によって支えられています。そのため、西沢の建築には、主たる空間から従の空間へとか、大きな部分から小さな部分へというような空間の階層性は存在しません。関係性が一つしかない以上、他のレベルに位置するものは完全に除去されているのです。扉から壁までほぼ同じ太さで書かれたシングルラインの平面図は、そうした西沢の建築の特性を明快に示すものです。
代数学的建築
そして、関係性を考えるということは、それぞれの要素の中身を問わず、ただそれらの分割と配列の手法そのものについて考えるということです。個々の要素が交換可能なものとしてフラットに扱われる一方で、選ばれた枠組みはさながら数学の公式のように一人立ちし、各要素を並列に制御していきます。それぞれの建築ごとに投入される決定的な一つの空間の公式が、処理するパラメーターと切り捨てるパラメーターを選別し、論理的に空間を構築していきます。こうした西沢のアプローチは、幾何学的な形を扱ってはいても、変数を処理する代数学的な明晰さに満ちているといえるでしょう。
では、徹底的に空間の関係性にこだわり、それを抽象的に提示する西沢の建築は、その結果としていったい何をもたらすのでしょうか。
測りうるもの、測りえぬもの
西沢とパネリストとの対話の中で、船橋アパートメントの窓を飾った色とりどりのカーテンが話題に上がりました。厳密に形式的な西沢の建築と、自由でばらばらな人間の行動。そこにはズレがあるように思えます。人間の行動の自由が建築の形式を乱す一方で、建築の形式が人間の行動の自由を縛っているような気がします。でも、西沢はむしろそうしたズレを積極的に受け入れているようです。
ここに自由という概念をめぐる一つの問題が提示されているようです。我々は自由という言葉をしばしば「束縛がないこと」と考えています。でも、むしろ自由な行動の逸脱は、それを束縛する形式と表裏一体のものではないでしょうか。西沢は建築にそうした強固な空間の枠組みを与える一方で、それ以上の表現を持ち込まず、空間をがらんどうのまま提供します。そのストイックさがもたらす空間の抽象性と人間の生活の具体性とのズレが、人間の行動に予期せぬ「自由」を持ち込みます。それゆえ測りうるものを突き詰めた西沢の建築は、同時に我々に測りえぬものの場をも提示するのです。我々はそこにもまた建築の自由の可能性を見出すことができるでしょう。
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