連続レクチャー「オルタナティブ・モダン――建築の自由をひらくもの」
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レポート






●2004年 4月 26日
 講師:藤本壮介 レポーター:勝矢武之
 「新しい普遍性を求めて」
「歴史の終わり」から始めて
藤本壮介は71年の生まれです。それは、彼が建築を始めたとき、すでに一つの時代が終わっていたことを意味しています。冷戦が終わり、バブルが終わり、ポストモダンの建築が終わろうとしていたころ、つまり現在の建築が始まろうとしていた頃に、彼は建築を始めました。そのため藤本は、伊東や青木のように自分と建築を過去から解放する必要はありません。今回の講演では、近代(モダン)の呪縛から自由な藤本が、そもそもどのように建築や空間や時間を捉えているかを明らかにしてくれました。

Nの空間
藤本は「離れているのにつながっているような、こことあそこが同時にあるような空間」を作りたいと述べます。曲がりくねる先に垣間見える風景、林立するコアの向こうの気配・・・ 藤本の空間は常に次の活動への気配に満たされています。それは他者の気配であると同時に、自分の未来の気配でもある。つまり藤本の空間は、今の活動を受け入れつつ、絶えず次の関係付けをスキャンしているような、ある持続する時間の断面なのです。私と他人との関係、現在の私と過去や未来の私との関係の間につむがれる藤本の空間は、常に一人ではなく多人数(N)の空間であるのです。

そうした藤本の考え方は、近代的な時間と空間の概念からずいぶん異なっています。ユニヴァーサル・スペースという近代の空間形式が均質な空間というフレームに支えられているように、近代は空間と時間とを、ものや出来事に先行する先天的なフレームだと考えてきました。藤本はバッハの楽譜を例に挙げます。音楽は五線譜と小節というフレームの上に規定されてきました。でも、音楽はそもそも一つの音が次の音をつむいでいくという関係の中で生まれるものです。同じように藤本は、空間や時間が先天的なフレームなどではなくて、ものとものの間、出来事と出来事の間においてこそ生み出されるものだと考えています。それゆえ空間と時間とを近代的なフレームから解放し、関係の中で捉え直すことが藤本の建築の主題となるのです。

(J.S.バッハ ゴルトベルク変奏曲 BWV988 ウィーン原典版 音楽之友社)

(五線譜と小節から解放された音楽)
フーガの技法
そして、多様な形で展開される藤本の建築そのものもまた、関係性を主題としています。部分と部分が互いに関係しあうことで意味を持ち、そうした小さな秩序が不確定さや乱雑さを内包しながら、全体へと展開されていく。そんな建築のあり方を藤本は「森」に例えます。一本の木の中に森はなく、木と木が互いに関係しあいながら立ち並ぶことで、全体としての森ができる。それは特定の機能を持った部分(部品)が大きな秩序のもとで組み合わせて作られた、機械の様な近代建築とはずいぶん異なっています。

さて、藤本が例に挙げたバッハは、交響曲という形がまだないバロック期に活躍した音楽家ですが、彼はフーガという技法を用いました。フーガとは一つのテーマ ― 例えば、B-A-C-Hというコード ― が様々な形で展開されながら、一つの曲を構成していく手法です。近代建築がおのおのの部分が自律し、明確に分節された交響曲だとするならば、部分が連なり全体を構成していく藤本の建築はまさにこのフーガに近いものといえるかもしれません。

抽象性:骨格美人の建築
さて、藤本の建築は美しい模型やドローイングによって表現された建築の形式(ダイアグラム)の革新性を特徴としています。でも、その美しさは抽象的な美しさ、つまり現実から多くのものを切り捨てた美しさです。しかし、現実の建築には、ディテールや各部の素材など、そうした建築の形式だけでは捉えきれない様々な具体的な様相が存在します。つまりいくら骨格が美人でも、それが肌の色やまつ毛の長さまで決めてくれるわけではないのです。ここに抽象性をめぐる現代の建築の問題が現れます。でも、この抽象性という問題において、藤本は伊東や青木と大きく異なっています。建築を多様性にむけて開放しようとする伊東や、建築が形式を表現する必要はないと考える青木は、もはやこの抽象性に重きを置いてはいません。これに対して、藤本はあくまで現実の建築に抽象性を求めます。それは何故でしょうか。

新しい普遍性を目指して
藤本は自らの目標を「新たなレイアウトパターンではなく、(その基盤となるような)新しい空間の座標系を作り出すこと」だと語りました。誰もが個別的なものにこだわり、普遍的なものについて語ろうとしない現代にあって、藤本はあくまで普遍的なものを求めています。そしてこの普遍的なものを浮かび上がらせるために、藤本は建築に抽象性を求め続けているのです。彼が憧れるミースのベルリンのナショナルギャラリーという世紀の骨格美人が達成したように、藤本は新たな時代の空間形式を具現化する建築を作ることができるでしょうか。新しい普遍性を目指す藤本壮介の旅はまだまだ始まったばかりです。

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