シンガポールは世界有数の人口密度をもつ高密度国家である。また中国系、マレー系、インド系など多くの人種が住み、多くの宗教を擁する多民族・多宗教国家でもある。そんな背景をもつシンガポールでは、1965年の建国から一貫して強力な都市政策が推し進められてきた。筆者は一昨年、シンガポール中心部に新設される大学の実施コンペ(*註)に参加したことがあるが、既存街区を地下道で繋ぐユニークな設計条件の一方で、要項数ページ分のガイドラインは非常に詳細にわたり、都市計画に対するシンガポールの実験的な姿勢とコントロールの両面を実感した覚えがある。

さしあたりシンガポールは、高密度・混在条件でのケーススタディ都市国家と言えるだろう。

今回は、そんなシンガポールの都市再開発局で働くLeeさんが、人口の9割近くが住むというHDB(住宅開発局)団地をレポートしてくれた。団地と言うと画一的なイメージを抱きがちだが、Leeさんのレポートからはシンガポールのローカルなコンテクストに応じた団地の生き生きとした使い方が伝わってきて楽しい。

例えば、団地の標準アイテムのひとつであるピロティでは、中国式、マレー式といった各民族式の冠婚葬祭が行われる。そこでは近代建築のボキャブラリーとしての自動車交通の導入や地面からの解放といった使い方を越えて、複数の住戸の下に位置する外部空間というあり方に立ち返った、形式と行為とのアフォーダンス的な関係がみてとれる。

またアップグレード事業では、住棟どうしが渡り廊下で繋がれ、「スペース追加アイテム」と称するユニットによって床面積が拡張されるなど、まるで団地が生き物のように触手をのばして自己成長しているようでもある。どこかメタボリズムを思い起こさせるが、メタボリのように未来を先取りするのではなく、その場その場の必要と状況に応じてアドホックに変化しているという印象だ。

さらに団地の多様な使い方は個別の要素に留まらない。シンガポールの団地政策のもう一つの理由には、イギリスの植民地政策に起因する民族別のゾーニングを解消する意図もあったと言われている。住戸を抽選で分譲することによって、異なる民族が上下左右に隣接して住むことになり、個別の民族意識が緩和され「シンガポール人」としての国民意識の形成に一役買ったというのだ。つまり、団地という形式は、高い人口密度の解決策であるだけでなく、若いネーション=ステートの成立条件のひとつでもあった訳である。

こうしたシンガポールの事例からは、住戸ユニット、共用廊下、ピロティ、分棟の住棟といった標準化されたアイテムからなる団地という形式にも実に多様な使い方があることに気付かされる。
このような、ある形式とその使用法との関係は、団地に限ったことではないだろう。シンガポールの団地から読みとれるのは、使い方や変形のしかた次第で既に開発された形式の意味も更新されるという、形式の標準化と変形の関係、言い換えればグローバリゼーションとローカライゼーションの関係である。

レム・コールハースのハーバードGSDでの都市リサーチのひとつに、ローマ帝国のグローバル化に伴う都市システムを考察したものがある(How to build a city -Roman Operating System-, 「Mutations」, Actar社)。そこでは、ローマ都市の計画システムをコンピューターのOS(基本ソフト)になぞらえ、「ローマンOS」の立ち上げからネットワーク化までがマニュアル・ブック的に説明されている。興味深いのは、ローマ都市が、建物、プランニング、インフラなどの各レベルで「標準化されたパーツ」を装備することで「簡単に作ることができる」とする一方で、「ローカルな状態」に反応して動詞が時制変化するように「カスタマイズ」され、ジェネリック(無印)でありながらスペシフィック(個別的)な「200%都市」としての効果を発揮するという指摘である。

シンガポールでは英語を共通語とすることによって民族間のコミュニケーションを図り、グローバル経済にも対応しているが、このグローバルな標準言語としての英語も中国語やマレー語とハイブリッドした「シングリッシュ」を使う人も多いという。ここでもHDB団地と同様、既存の標準化された形式を受け入れながらローカルに変形していくという方法が取られているのである。
建築や都市の形式も、新しく発明することだけに価値があるのではない。すでに開発された形式を受け入れながら、その場その場の固有な条件に応じた使い方や変形によって形式のもつ意味を更新していくことにも知的な創造力を発揮しうるのではないか。

(*註)http://www.arch.titech.ac.jp/arch/Laboratory/sakamoto_lab/sing.html




profile

安森亮雄(Akio Yasumori)
1972年生まれ。建築家・都市研究(都市の空地の空間構成)
1996年、チーム・メイド・イン・トーキョー参加
1998-99年、ベルラーヘ・インスティテュート(オランダ)
2002年、東京工業大学大学院博士課程 単位取得退学
現在、東京工業大学大学 技術補佐員

主な作品に
「Tokyo Suburb Void Map」,「LA Surface Urbanist's Catalogue&Tutorial」(『10+1』No.24, 『Hunch』No.1)、
「Sport-Voids Home」(新建築住宅設計競技2001・佳作、『新建築』0112,『JA』No.44)、
「森の戸建集合住宅」(播磨科学公園都市・戸建住宅コンペティション・最優秀賞、『新建築』9708)、
「距離を彫る家」(第六回エスバイエル住宅設計コンペティション・妹島和世賞、『新建築』9607)など。


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