「パラノイア(妄想病)・アーバニズム ヨハネスブルグの飛び地」
Shiuan-Wen Chu (訳:安森亮雄)
政治的/人種的な逆転、ヒットエンドランのアーバニズム
南アフリカでは、1994年の選挙によって政治的、社会的、経済的な場における白人の地位が逆転し、未来への不安が生じた。都市全体の犯罪率の増加によって資本主義世界の主要企業による投資に大移動(エクソダス)が起こり、逆に、タウンシップ(黒人居住区)に閉じこめられていたアフリカ人はヨハネスブルグの残部に流入し始めた(写真1,2)。黒人の都市への侵入と拡散は、白人の北部への脱出を追跡するように進行しており、この空間的なエクソダスのスピードは常にディヴェロッパー達によってフォローされている。黒人の流入と白人の脱出という図式は、まるで野球のヒットエンドランのように、ひとつの連繋した動きとなっている。
多くのビジネスはヨハネスブルグ中心部とソウェト(South West of Township)の環境悪化から離れるため、ダウンタウンから北部の郊外へと移住した。ヨハネスブルグ北部にはたった7年間で、サントンという全く新しい都心が投機的な動機によってつくられた(写真3)。オフィス街区、金融エリア、ショッピングモール、住宅地…これらの開発地区の多くは、塀によって囲まれテーマ化された環境を形成している。
パラノイアと飛び地
ヨハネスブルグでは、犯罪はすべての人種と階層に共通した公共の関心の的である。立ち話、噂、マスメディアの報道、あるいはジョークまでもが、犯罪の恐怖を増幅させている。特に中流階級の人々の間では、未来への不安、敵意の標的となることへの恐怖、財産を失うことへの恐怖が増大しており、「他者」に対する絶対的な不寛容を引き起こしている「見知らぬ他者」に対する長期にわたるパラノイア(妄想、偏執)は、アパルトヘイトの保護下で抑制されていたが、ここにきて突然吹き出した。過剰な自己防御、逆襲に備えた攻撃性、権力を取り戻そうとする衝動、不快なコンテクストから一時的にでも心理的に逃れようとする欲望、これらは建築的にひとつの論理的な解決策に帰結した。それは「要塞化された飛び地」である(写真4)。
ヨハネスブルグの中流階級に広がるパラノイアの集団的な心理は、「飛び地」というタイポロジーを導いた。これによって、たとえヨハネスブルグが暴力にさらされていても、物理的に保護され、心理的に安心することができるのである。「飛び地」は、ヨハネスブルグの中流階級の物理的、心理的な防御の必要性に対する解答と言える。
「飛び地」の物理的な戦略−要塞化−
こういった暴力にさらされた状態を、投機的なディヴェロッパーは徹底的に利用した。高度に警備された「クラスター・ホーム」や「オフィス・パーク」の計画が進められ、そこでは犯罪に対抗するための極端な手段が並べ立てられている。「要塞化」は飛び地における防御のための物理的な戦略と言えるだろう。要塞化の必須アイテムを挙げてみよう。リモコン式の自動ゲート、警備員つきゲートハウス(写真5)、電気フェンス、監視カメラ、警備会社の常時武装対応(写真6,7)、私有地を隈なく照らす照明装置、緊急ボタン、強盗防止柵、ビルトイン・サイレン、番犬、塀の上の忍び返し、割れガラス、鉄条網などである。「飛び地」には出入口は一カ所しかなく、入る際には警備員によって個人情報と目的が記録される(写真8)。
「飛び地」の特徴は、単一機能で、塀に囲まれ、内向的な性格もつことであるが、このことによって飛び地はコンテクストの参照なしにどこにでも位置することが可能となる。塀に囲まれ武装された環境には、パブリックかプライベートかに関わらずあらゆる想定可能なプログラムが注入され、ヨハネスブルグの乾燥した殺風景なランドスケープにランダムに配されており、あたかも砂漠の中のオアシスのようだ。公園や広場といった伝統的なパブリックスペースは、犯罪に曝されるおそれがあるためどんどん使われなくなっている。その代わりに、カジノやショッピングモール、エンターテインメントセンター、スポーツジム、ゴルフクラブといったセミ・パブリックスペースが新たに台頭し、「飛び地」の特徴を最大限に生かしてアクセスをコントロールすることで、商業的、共同体的な環境を保証している。
「飛び地」の心理的な戦略−テーマパーク化−
要塞化が物理的な防護を提供するのに対して、心理的な安全は「飛び地」の建築スタイルによって充足されている。要塞化された塀の背後で、すべての建築のタイポロジーはヨーロッパ風で歴史的なスタイルをまとっている(写真9)。ヴィクトリアン、チューダー、地中海、中世、ジョージアンなどの様々なテーマのリヴァイヴァルは、その背景にあるイメージとしての安全と道徳的な正しさをほのめかし、それらを通してヨハネスブルグの居心地の悪いコンテクストを心理的に拒むことができるのである。このようなテーマパーク化は無意識下での建築的戦略と言えよう。スーパー超現実とウルトラ天国な世界は、現実のコンテクストから逃避して想像上の世界へ移行することを可能にしている。この心理的な逃避主義は、現実の心理的な光景を「どこか他の場所(somewhere else)」と「今ここで (here and now)」との間のインターフェースへとくのである。
周囲の殺伐とした地勢と犯罪が多発するコンテクストがプレッシャーとなって、ヨハネスブルグの建築は偽りのエクストラなライフスタイルを提供している。どの住宅にも、みずみずしい庭、バーベキューコーナー、プールがあり、中にはテニスコートがある住宅さえある。サントン最大の住宅地であるデインフェルンは、ゴルフコースに囲まれた「飛び地」であり、クラブハウスも備わっている(写真10)。
しかしながら、ヨハネスブルグのこの悪趣味はロサンジェルスのそれと比べて平凡なものかもしれない。この平凡さは、裕福な人々の躊躇と恐怖によるものである。「見せびらかすこと」は予期せぬ 望ましからざる結果を導き、躊躇と恐怖は快楽主義を抑圧されたものにする。それゆえ、この抑圧は平凡な大衆化へと帰結するのである。地中海風のヴィラに住んで、イタリア風のショッピングモールで買い物し、チューダー様式の建物で仕事をして、余暇はシーザー・パレスで過ごしながら、こういった建築スタイルと行為は「要塞化」の背後に隠されているのである(写真11)。
パラノイアの奇妙な魅力
パラノイアは、集団的な心理的疾病として、ヨハネスブルグの新しい都市開発をはっきりと決定している。飛び地は、要塞化のテーマによる環境であり、そこでは今日もヨハネスブルグの中流階級が暮らし、仕事し、遊んでいる。飛び地の要塞化は、物理的な安全を提供する一方で、ヨハネスブルグを監視のランドスケープへと変えつつあり、飛び地の建築に見られる歴史的でヨーロピアンなスタイルは、心理的な逃避として、都市の経験を巨大なテーマパークへと急激に変形させつつある。しかしながら、恐怖とパラノイアなしには、ヨハネスブルグの大部分は意味をなさないのである。
ヨハネスブルグに住むことは最もスリリングな都市的経験だ。暴力に満ちたコンテクストのプレッシャーのもとで、生活の魅力が常に賛美され、奇妙な楽しさが絶え間なく産み出されている。
注1)ヨハネスブルグの基本的な配置
ヨハネスブルグは、公式にはグレーター・ヨハネスブルグ・メトロポリタン地区として知られており、人口380万人から450万人の経済的な中心地である。この都市はひと繋がりの空間として、南北に約60km、東西に約30kmに広がっている。
アパルトヘイトは都市の空間にも影響を及ぼし、ゾーンとヴォイドからなる断片化された都市を残した。ゾーンは単一の機能に保たれ、ヴォイドはゾーン間を分ける緩衝地帯となっている。まず、ダウンタウンはヨハネスブルグの中央に位置する金融の中心地である。そのすぐ南には産業ゾーンと金鉱山、さらに南にソウェトが位置し、金鉱山はソウェトを都市の他の部分から隔てるヴォイドの役割を果たしている。ソウェトはヨハネスブルグの南の周縁に位置しており、ダウンタウンや白人が住む郊外で働く黒人の居住区である。ダウンタウンの北には、サントンやランドブルグといった白人の住む郊外がある。さらに北にはミドランドという新たに開発されたビジネス、産業、住宅センターがあり、ヨハネスブルグのスプロールをその70km北に位 置する首都プレトリアへと繋げている (写真12)。
注2)パラノイア(妄想病・偏執病)
パラノイアとは「モグラ塚(ささいなこと)から大きな山を作る」とされる人格であるが、これは、潜在的な恐怖の些細な徴候に対する反撃を常に準備する。そこには、自己決定力を失うことへの恒常的な恐怖が存在する。心理学者クレペリンは、「患者は、自分自身をどのような状況においても不当に脅かされ、敵意の標的とされ、干渉され、虐げられていると感じる」と言及している。この心理的な障害によって、患者は過剰に自己防御的、攻撃的となる。
注3)飛び地
飛び地とは、完全に別の領域の境界の中にある領域である。
参考文献
1. 絵はがき
2. 交差点で拾った広告
3. 住宅販売の見学会
4. 家と庭に関する雑誌
5. 筆者撮影
6. 航空写真
7. 映画:ヨハネスブルグ・ストーリーズ
8. Hilton Judin and Ivan Vladislavic (1998). Blank- Architecture, apartheid and after. Nai Publishers, Rotterdam
9. Mike Davis (1998). City of Quartz- Excavating the Future in Los Angeles, Chapter 4: Fortress L. A., pg 223-263. Pimlico, London.
10. Mike Davis (1998). Ecology of Fear- Los Angeles and the Imagination of Disaster, Chapter: Beyond Blad Runner, pg 359-422. metropolitan Books, Henry Holt and Company, New York.
profile
シャウエン・チュウ Shiuan-Wen Chu
1973年生、台湾・台北出身。
18歳で南アフリカ・ヨハネスブルグへ移住し、ヨハネスブルグ Witwatersrand大学にて建築を学ぶ。
1998-2000年ベルラーヘ・インスティテュートに在籍し、「壁(wall)」と「向こう側(the other side)」をテーマに研究に専念する。
1999年より、Michel ZaanとChu+Zaanアーキテクチャーを共同主宰。
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