まずは、前回の赤川貴雄氏によるコメントのコメントの続きから始めよう。メキシコの複雑なアイデンティティを説明する一例としてキリスト教の受容について触れている。曰く、日本へのキリスト教導入と同じように、メキシコも高尚な理念よりマリア信仰という偶像崇拝として積極的に受け入れられた。そしてカトリックが圧倒的に多いのだが、ヨーロッパのそれとはかなり変わっており、土着の宗教を取り入れ、独特なグアダルーペ信仰を生みだした。
 これに付言すると、そもそもヨーロッパにおけるマリア信仰がハイブリッドなものだったことを指摘しておきたい。すなわち、もとの原始キリスト教に照らしあわせると、本来あまりなかった考え方なのだが、キリスト教を全ヨーロッパに流布させるとき、各地の土着信仰を巧妙にとりこみながら、マリア信仰は生まれた。キリスト教以前から多様な地母神信仰が各地にあったのを、聖母マリアに読み替えたのである。地母神的なるものは、エジプトのイシス神、ギリシア、ゲルマン、ケルトなど様々な姿をとっていたが、新興宗教のキリスト教がうまく自前のキャラを重ねあわせることで、異教をとりこみ、消してしまう。
 一般にキリスト教は、厳しく異教を排除したように思われているが、ヨーロッパの内部においてさえ、現実的な戦略をとっている。その方が普通の人々に受け入れられやすいからだ。特に中世のゴシック建築は、多くがマリアに捧げられた聖堂である。中世にキリスト教は非常に大衆化していたが、理念だけで人々を納得させていたわけではない。もっと古くから存在する宗教心に訴えかけたのである。カトリックのバロック美術でも、やはりマリアの図像をセンチメンタルにして、甘ったるい顔にすることを指示していた。より理性的なプロテスタントに対し、(ハリウッド的に?)大衆の感情を揺さぶろうとしたからだ。
 つまり、キリスト教のヨーロッパという共同体も、あらかじめ他者を抱え込んでいたのである。とすれば、メキシコや日本など、他の文化圏にいくとき、より普遍的な地母神的な思想と共振しやすかったので、マリア信仰がクローズアップされたのだろう。そして抑圧されていた異教的な部分が見えやすくなり、本来のハイブリッドな性格があらわれたと考えられる。

 さて、霜田亮祐氏の「アメリカ、郊外の果てにみえるもの」は、貧困者の施設と裕福な居住者のためのゲーテッド・コミュニティを対比させながら、都市空間における経済的なアパルトヘイト化の状況を報告している。興味深いのは、これまでの人種の違いによる棲み分けよりも、IT産業が生む経済階級の差が壁を要求していることだ。彼らは他者を隔離し、囲い込むのではなく、他者から逃げるようにして、郊外にデジタル・ゲットーをつくり、自らを囲ってしまう。閉ざされた中世の城塞都市のように。こうした動向は、世界的に広がりつつあるが、近代の終わりを告げるもののように思われる。
 セキュリティへの強迫観念が生むゲーテッド・コミュニティは、マイク・ディヴィスの『監獄都市LA』の著作で注目されるようになったが、霜田氏の論文はロサンゼルスだけではなく、ボストンも確実に同じ道をたどっていることを紹介している。かつて、この二つの都市を分析したのが、ケヴィン・リンチの『都市のイメージ』だった。これは計画者から視点からの物理的な都市ではなく、居住者の立場から都市を読解する流れを切り開いた1960年代の重要な著作である。彼は都市のわかりやすさを重視し、調査の結果、明快な構造をもつボストンを高く評価したが、ロサンゼルスには否定的だった。
  なるほど、 ボストンの中心部は人間の歩けるわかりやすい都市だ。 しかし、 その後、 むしろ都市論の先端は、ロサンゼルスに新しい都市のモデルを発見し、幾つかの議論が提出されている。リンチの第一の限界は、ロサンゼルスの面白さを見出せなかったことだ。そして霜田氏の論文は、第二の限界を示唆している。つまり、リンチは都市の視覚的なイメージをアンケート調査する際、住民の階層をあまり意識していなかった。しかし、都市の受容者は、単一の同じ人たちではなく、分裂している。経済的な背景によって、各自の都市のイメージは大きく異なるだろう。今後、この視点が必要とされるはずだ。



profile

五十嵐太郎(Taro Igarashi)
1967年パリ生まれ。東京大学工学系大学院修了。博士(工学)。中部大学 工学部建築学科 講師。東京大学、東京芸術大学、日本女子大学、明治学院大学、大阪芸術大学、芝浦工業大学/非常勤講師。著書に『終わりの建築/始まりの(講談社)、 『近代の神々と建築』 (広済堂出版)。編著に『READINGS: 1建築の書物/都市の書 物』、『20世紀建築研究?INAX出版)、共著に『磯崎新の建築談義』(六耀社)な ど。ギャラリー・間「空間から状況へ」展を監修。『日経アーキテクチュア』にて連 載中。ウェブサイト「cybermetric」で活動の軌跡を公開している。
URL=http://www.cybermetric.org/

<その他、連載中のウェブサイト>
10+1ウェブサイト「五十嵐太郎 Photo Archives」
URL=http://tenplusone.inax.co.jp/
online bookstore bk1 「サイエンス/テクノロジーサイト・建築」
URL=http://www.bk1.co.jp/


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