90年代の建築の言説において、ジェンダー論が流行したことは記憶に新しい。ベアトリス・コロミーナやメアリー・マクレオドなど、強力な論者が登場した。多くのアンソロジーも出版された。90年代のジェンダー論は、近代建築を批判的に再検証し、ときには西洋白人男性中心の価値観の構造を解体するものだった。しかし、ほとんどの議論は西洋の近代を対象にしている。イスラムの空間におけるジェンダーの問題は、建築史的な視点からなされたものはあっても、現代の都市論はあまりなかったように思う。それゆえ、城戸美和による「ブルカと女性とイスラーム」は、貴重な論考である。

 城戸は、ブルカに関する欧米(そして日本の)メディアの偏見を指摘しつつ、こう述べている。「少なくとも、私の知るかぎりイスラームに女性蔑視の考え方はない。ベールにまつわる議論も昔からさまざまあるが、それが信仰によるものであれ、習慣によるものであれ、制度によるものであれ、それぞれ時代に応じた意味を持っている」、と。これは渡部直己の次の発言と関連づけられるのではなか。「イスラムにおける女性の問題にせよ、あれだって男性による端的な異性の搾取と管理を本質にしているわけで、「文化」はその本質を隠すにすぎない。資本が本格的に流入すれば、その搾取や管理はさまざまな側面でそのつど本質的な動揺をきたすわけですね。「文明の衝突」なんて口にした途端に、その局所的で具体的な衝突は見えなくなる」(『週間読書人』2002年1月25日)。仮に女性への抑圧があったとしても、イスラムという文化のみに起因させるのではなく、今やイスラム諸国もおおう資本主義も検証すべきだ。資本主義は、イスラムの外部ではない。

 筆者は城戸の論考を読みながら、2つの映画を思い出していた。

 ひとつは、マフマルバフ監督の映画「カンダハール」。これは自殺をほのめかす妹を救いに、カンダハールに向かう姉の旅を通して、タリバン政権下のアフガニスタンを描いたことで話題になった。映画は、ブルカを象徴的に使う。女性の頭をおおうブルカは、やはり抑圧のシンボルだ。例えば、顔を隠すために、女性は医療行為さえままならない。同時に、ブルカは息をのむような美しい風景を構成している。その結果、この映画は両義的な意味をおびる。マフマルバフは、バーミヤンの仏像破壊にさわぐ欧米に対して、現地の悲惨な飢餓状態を直視すべきだと発言したことで知られるが、この映画のまなざしはかなり欧米的である。主人公の女性は、欧米の価値観と同化していた。ゆえに、「カンダハール」は皮肉なことに、タリバンの抑圧をいち早く告発した映画として、すなわちアメリカの空爆を正当化するものとして鑑賞されかねない。実際、アメリカ政府は9月11日の直後、急いでこの映画をとり寄せたという。

 もうひとつは、1991年のラジプ・ガンジー首相暗殺の実話をもとにしたインド映画「マッリの種」である(2002年の初夏に公開予定/英題「THE TERRORIST」)。要人の暗殺にしむけられた、19才の女性の自爆テロリストが主人公だ。インドと言えば、歌って踊る映画の印象が強い。やはり女性の人間爆弾が登場する悲劇「ディルセ」ですらそうなのだが、「マッリの種」は違う。低予算ながら、映像美を追求する。顔のアップと水しぶきが、これほど多い映画も珍しい。「thinking bomb」(考える爆弾)として育てられたマッリは、任務遂行の直前に、忘れ難い人々との出会いを経験する。彼女を慕う少年の死、農業の面白さを教える男、植物状態の老女が奇跡的に流す涙、そして殺された同胞の子供を身ごもる。死に向かって強烈な生があふれだす。マッリの最後の選択、すなわち要人を前に行う決断を確認するまで、この映画は緊張がとぎれない。そしてラストシーンは、生の困難さを引き受けた、ささやかながら、力強い希望にあふれている。

 政治的には甘い作品かもしれない。だが、女性の自爆テロリストを人間として、その内面を描こうとしたという意味で、「マッリの種」は評価すべき映画である。1998年に制作された映画だが、9.11以後だからこそ見られるべき作品ではないか。



profile

五十嵐太郎(Taro Igarashi)
1967年パリ生まれ。東京大学工学系大学院修了。博士(工学)。中部大学工学部建築学科/講師。東京大学、東京芸術大学、日本女子大学、明治学院大学、大阪芸術大学、芝浦工業大学/非常勤講師。著書に『終わりの建築/始まりの』(講談社)、 『近代の神々と建築』 (広済堂出版)。編著に『READINGS: 1建築の書物/都市の書物』、『20世紀建築研究』(INAX出版)、共著に『磯崎新の建築談義』(六耀社)な ど。ギャラリー・間「空間から状況へ」展を監修。『日経アーキテクチュア』にて連 載中。ウェブサイト「cybermetric」で活動の軌跡を公開している。
URL=http://www.cybermetric.org/

<その他、連載中のウェブサイト>
10+1ウェブサイト「五十嵐太郎 Photo Archives」
URL=http://tenplusone.inax.co.jp/
online bookstore bk1 「サイエンス/テクノロジーサイト・建築」
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