

1.ミニカー1。交通渋滞の街中で最近はやっている原付き車です。車社会に受けてるということで取り上げました。
2.ミニカー2。交通渋滞の街中で最近はやっている原付き車です。車社会に受けてるということで取り上げました。
3.バチカン。ジュビレオ街整備の成果。
4.ファルネーゼ。ジュビレオ街整備の成果。
5.電話ボックス。ジュビレオ街整備の成果。
6.サッカー優勝1。ローマ勝利ににぎわっている。
7.サッカー優勝2。ローマ勝利ににぎわっている。
8.サッカー優勝3。ローマ勝利ににぎわっている。
9.肉屋。狂牛病以来お客の少なくなったがらんとした様子。
10.携帯電話。街中でもどこでも携帯でコミュニケートする姿。
11.コードレス電話。店頭に並ぶコードレス電話
12.インターネットポイント。24時間接続できるという最近できたインターネット接続のお店。
「ラテンの国の光と影」
柳 志野
ローマの朝は車がひしめきクラクションが鳴り響く。日曜日だけは平日にくらべ比較的車が少ないが、五月ともなれば日曜の朝も浜辺に日光浴をしにいく車で渋滞する。地下鉄が未だ2つのラインしかなく、バスも正確な時間がはかれないため、車かオートバイ、スクーターで移動する人が多い。月曜から金曜まで日中街の中心地区は車が規制され、一般車は許可を持っている人しか入れない。去年からは日曜ノー車デイという、中心地区への一般車の進入を禁止する日も設けた。それでも相変わらずの車社会で公害や渋滞、駐車場の不足など諸問題があることに変わりはない。
都市は問題を抱えている。その中で人は他者との関係を保ち一人一人、生活を営む。よそ者の自分はイタリア人に他者として意識されるほどの存在でもなく、単なる一外人にすぎない。だからこそ客観的にその土地柄や人間性がみられるが都市の中で他者とは、またはイタリア人が他者として意識するのは、同じイタリア人そのものであろう。ここではその一外人としての視点で、イタリアやローマの都市の様子とイタリア人たち(他者)について書いてみようと思う。
車社会という話をしたが、もちろん地方都市ではそれはネガティブなことではない。主な交通手段は同じく車ではあるが渋滞や排気ガスの公害は都心ほどではない(Fig.1)(Fig.2)(Fig.13)。だから地方のイタリア人は胸を張って大都市より中小都市のほうが豊な生活をおくれると主張する。確かに自然環境を享受できるという面ではそれは正しいのだろう。しかもイタリアの「地方」とは政治的にも経済的にもある程度独立していて日本の「地方」とは異なる。フェデラリズモ(連邦性)と言われるイタリア憲法の改正問題のように、州に国家に残すべき行政権限以外の行政権を与える動きもある。産業でも名の知れた企業が、いわゆるローマやミラノといった大都市ではなく中小都市にあることは希なことではない。日本のように東京などの大都市にすべてが一極集中することはない。それでもローマは歴史上常に重要な都市であったし、今現在も首都として特別な存在である 。
永遠の都が生まれ変わった街整備
2000年の去年は25年に1度のジュビレオの年(大聖年)であり、バチカンをはじめとする4大教会の聖なる門をくぐり巡礼するため、ローマに例年以上の人々が押し寄せた(Fig.3)。その大聖年にむけて3年以上、はやければ10年以上も前から街の整備が計画され、数々の教会や歴史的建造物が修復された。ミケランジェロも設計に関与したことで知られるパラッツオファルネーゼのファサードは別の建物かと思うくらいにみちがえり(Fig.4)、サンピエトロ寺院のファサードが修復後あらたにライトアップされたときは、その表面の色合いに対して賛否両論の論議を呼んだ。街の機能でいえば地下鉄B線が延長され、一部の道路の路線が一般車と公共の車(バスタクシー等)に区枠され、バスの本数もかなり増えた。その他ローマオリンピック以来切断されていた大公園、ドリアパンフィーリが、40年ぶりに60メートルの歩道橋でつながり、街のオブジェクトとして画期的なデザインであるガラス張りの電話ボックスが町中に置かれるようになり、街の様相はかなりかわった(Fig.5)。
さらにサッカーをこよなく愛するお国柄のイタリアの中で、今年ローマが優勝し、街は最高に盛り上がった。18年ぶりの優勝というから無理もなかろう(Fig.6)(Fig.7)(Fig.8)。
イタリアの食生活を脅かす狂牛病
しかしそのお祭り騒ぎの裏側で、社会は常に何がしかの問題を抱えている。今年1月北イタリアのブレーシャでイタリア初の狂牛病に発病した牛の発見は、イタリア人の食生活と酪農産業に大きな衝撃をあたえたのはほかでもない。外国での現象が身近なことになってしまったのだ。その後も狂牛病に犯された牛が大量ではないが発見され、4月からはついに骨付きステーキも禁止されることとなった(Fig.9)。いくつかの肉屋は魚屋へと転業したという。一見イージーな発想だがこれが意外とあたっているらしい。
親子の絆に切れ目が・・・
また最近の傾向として未成年者が親を殺す事件が相次いる。なかでも今年2月におきたエリカオーマン事件は、イタリアの生活の根底である家族の重要性を揺るがす社会現象としてマスコミに取り上げられ、テレビでも討論番組が放映された。事件はピエモンテ州ノービ・リーグレにおいて12才のエリカの母親と弟が殺害されたものだ。発見された当初は移民アルバニア人の犯行と見られ、不法外国人移民への批判が高まった。がしかし検察官の調べが進につれ、強盗事件にしては盗品がなく殺害の傷も数十個所に及ぶ残虐なもの等、疑問な点がみつかり、最終的には娘エリカとその恋人のオーマンが容疑者として逮捕されたのである。未だ自供にはいたっていないが、母親への恨み弟への嫉妬などがあったとされている。逮捕後、エリカにメッセージを送るホームページも開設され、エリカの誕生日には「エリカ、愛してる。」などの多数のメッセージが送られた。
コミュニケートの取り方の変遷とインターネット
私そのイタリアの生活基本とされる家族の絆を保ち、友達や他者とのコミュニケートをとる方法で特徴がある。スキンシップはもとより用事を伝える以外に今どうしているかを確認するだけの短い電話を1日に何度もかけあうのである。一緒に住んでいる親子なのに子どもが(または親が)会社にいる間に様子を知るだけのために連絡取り合うのはめずらしいことではない。連絡を取り合ってないと不安なか、それとも常日頃声を聞いてないと付き合いが維持できないのか、とにかく短い電話をこまめにかけ合うのである。そんな連絡のとり方にうってつけということで携帯電話は瞬く間に普及してしまった(Fig.10)。4年ほど前に初めてイタリアの携帯電話の値段を目にしたが予想以上に高かった。すこし良い機種になると当時のイタリアの物価を考えて円にすると約10万円相当もしたのである。それにも関わらず当時からイタリア人のかなりの人が携帯電話を持っていたし、約2万円から買えるようになった今となってはほとんどの人が、早ければ小学生くらいから持っている(Fig.11)。国民の全人口に対する所持率でいえば日本のほうがわずかに高いと新聞記事にはあったが、投資する金額を考えればイタリア人にとって携帯電話とはいかに重要なのかがわかる。
時代の産物インターネットも同様に急激な進歩の段階から定着の段階に入ったようだ。街にはインターネットの接続を提供するインターネットポイントと呼ばれるお店も増え、24時間接続可能な店も誕生した(Fig.12)。
インターネット業界に限らず、失業率が8年ぶりに10%以下となったことからも、イタリアの景気はにわかに向上しているようだ。ヨーロッパ統一通貨ユーロの実施に備え、着々と体裁を整えているのだろうか。政治も今年5月13日に行われたの総裁選の国民投票でシルビオ・ベルルスコーニが勝利を収め、新政府が誕生し、国家として新たな動きが期待されている。
時代の富と技術を誇示する歴史的建造物にかこまれたイタリア人は、都市のなかに埋もれまいと、形や色の組み合わせにこだわり、身なりを整えてその環境に存在を自己主張する。あたかも変動する21世紀の都市に自我を認識し他者を認めるように。そうして彼らはいったいどこに進んでいこうというのだろう。
profile
柳 志野(Shino Yanagi)
1968年生。建築家。早稲田大学大学院卒業後、清水建設設計部勤務。イタリア政府奨学生としてローマ大学専修コース終了。マッシミリアーノ・フクサス事務所などローマの建築事務所勤務。『建築文化』『10+1』『デザインの現場』などに(文章を)執筆。
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