「アメリカ、郊外の果てにみえるもの」
霜田亮祐

1)多様性から棲み分けへ

春先のボストンマラソン、そして夏期のフェンウェイパークにおけるレッドソックス戦の観衆によって、ボストン市ケンモア・スクエア(Fig.1)は多いに賑わう。この一角にアメリカの大手ブックストアチェーンのバーンズ&ノーブルがある。日々の通学の途中にケンモア・スクエアを通り過ぎるのであるが、気になる存在がいつもこのブックストアの入り口付近に座っている。白人のホームレスである。彼の名前はデイビット。彼はニューヨークに住んでいたものの結婚直前にドラッグに手を出し、その後20年間ドラッグに溺れ、行く当てもなくボストンにたどり着いた。彼はボストン市内のホームレス収容施設に無償で住んでいる。

多様性の国と呼ばれるアメリカゆえに、他者を快く受け入れる体制が整っていると一般的には考えられているかもしれない。しかしながら、実際は経済的ヒエラルキーのなかでしっかりと棲み分けが行われているのではないかという問題意識を私は持つ。デイビットの場合は路上と収容施設を往復する生活であるが、一方、ボストン郊外にはゲーテッド・コミュニティ(Gated Community)というアッパーミドルクラスの人々が裕福に、そして安全に生活する場所もあるのだ。このレポートでは、ボストンというアメリカの一都市において居住が他者という存在にどのような影響を及ぼしているのか、その歴史的系譜を移民の貧困者とそれを待ち受けるWASP(注-1)との関係性の中で見ていきたい。そして、現代アメリカ社会において新たに浮上する経済的階級意識の境界線を確認する。

2)貧困者のための場

ボストンの最初の救貧院は1662年にボストン・コモン(Fig.2)の東側に建設されている。(注-2)1798年、ボストンコモンの近隣に州議事堂(Fig.3)が建設されたことに伴い、それ以前にこの周囲に建設された救貧院は、はるか遠くのサウスボストン(現在のサウスエンド)に移動する。(注-3)このような「隔離化政策」を実行するかわりに、そこは、年齢、性別に関係なく、そして身障者であっても、すべての貧困者を収容する場になった。とはいえ、こうした「施設」による貧困の救済策の対象となった人々は19世紀のボストンにおいてごくわずかであった。多くの移民の貧困者は都心部の低所得者用アパート(tenement)を占拠していた。都心部の人口増加によって彼らとWASPとの衝突が生まれるようになる。WASPは、Boston Co-operative Companyを設立し、このような低所得者用アパートの建設を公衆衛生、防犯上の理由で中止させるという目標のもと、居住者を経済的に制限する核家族のための住宅の建設を促進した。1935年にはボストン住宅公団(Boston Housing Authority) (BHA)が設立される。これは核家族のための公営住宅の大量供給を目的としていた。おりしも1929年の世界恐慌の影響を受けている時代であり、低価格の核家族向けの住宅供給は急務であった。第二次大戦後、BHAは退役軍人のための公営住宅を1950年代から60年代までボストン市内に供給しつづける。60年代の黒人市民権運動のなかBHAはこれまでの人種隔離政策的な住宅供給のあり方を変換することを求められ、人種によってテナントを制限する政策を撤回した。70年代から80年代にかけては低所得者のための公営住宅を建設し続けた。BHA は核家族に住宅を賃借して、この賃貸料を助成する。この援助で、居住者は賃貸料に対して30-40パーセントを支払うだけでよい。このプログラムの下でおよそ25,000人に住宅を賃貸している。1998年、Quality Housing and Work Responsibility Act法を議会が可決した。この法案は、それまで公営住宅の居住者は賃貸料の30-40パーセントを支払えばよかった状況を今後の居住者に対してはそれを50-80パーセントに引き上げるものである。これを逆算すると、この法案に対する適応者は年収$45,000以上必要である。BHAの統計によると13,000人の入居希望者のうち200人程度しかこれに適応できないという。

3)ゲーテッド・コミュニティの諸相

次にこれに対局する状況の事例としてゲーテッド・コミュニティを見ていきたい。ゲーテッド・コミュニティとはウォールやフェンスによって囲ってしまっているの住区のことである。そのなかには車道、公園や川、ビーチ、プレイグラウンド、そして丘をまるごと内包しているものもある。本来であれば公共的な利用をされるものが、居住者の利用のために私物化されているのだ。内部へのアクセスは1、2カ所のゲートに制限されており、場所によっては護衛がおり、関係者以外の人間は例外なくその場で排除される。住宅に関しては、核家族を単位とした場合だけというものは少なく、単身者でも簡単に入居できる。様々なユーティリティも確保されており、温水プール、ジム、図書館などを利用することが出来る。また、日常の買い物などはインターネットでこなしている。80年代後半から90年代にかけて、都心や郊外居住の犯罪の増加、環境悪化の深刻化の影響で、自動車で移動可能で、勤務先に近く、安全で良好な自然環境で暮らすことを求める動きが全米に浸透した。そしてクリントン政権時に好景気に転じてからのアッパーミドルクラスの人々の増加によって、ゲーテッド・コミュニティの高額な維持管理費にもかかわらず、その需要は高まった。現在では全米にゲーテッド・コミュニティは存在し、その数は20,000とも言われている。(注-4)立地条件としては、企業の社屋と高速道路に近い場所が好まれる。これまでの都心と郊外という枠組みのなかではなく、それは砂漠のど真ん中あろうとも存在する。アメリカの場合、もはや都心の求心力を利用して企業の社屋が建設されることは希である。その傾向は特にコンピューター関連企業に顕著である。それらの企業の従業員、あるいはCEOがゲーテッド・コミュニティの主な居住者である。特にそこにはWASPが8割から9割居住する。

4)丘の上の要塞

私はマサチューセッツ州のウォルサム(Waltham)市というボストン市から西に10マイルほど離れた場所に位置するゲーテッド・コミュニティ(注-5)の取材に行った。(Fig.4)そこには、環状高速道路128号線(Fig.5)が市内を貫いており、その周辺にはMicrosoftを代表とするコンピューター関連企業が林立する。(Fig.6)その一画にBear Hillと呼ばれる標高100mほどの小高い丘がある。このゲーテッド・コミュニティは、その丘の頂上付近を大規模(約62ha)な土地造成によって建設されたものだった。(Fig.7) (Fig.8)そこはまさに、地形的な条件を巧みに利用し鋼鉄製の柵で囲まれた「要塞」である。監視カメラが常に車のナンバープレートをチェックし、中に入るにはIDナンバーが必要だ。(Fig.9) (Fig.10) (Fig.11)そこには護衛はいなかったが入り口付近での全ての行為が誰かによって監視されている。また、プール、インターネット・ルームなどのユーティリティも充実しており通常の生活は内部で完結してしまう。しかし、海岸沿いのリゾート地であるならともかく、郊外の中庸な環境の「要塞」のなかでプールで遊びに興じる居住者の気持ちは理解し難い。「安全」ということが第一目的であるはずのゲーテッド・コミュニティ、私にはそれがどうも経済的階級意識の顕在化を助長しているようにも思えてしまうのだ。

かつては貧困者や黒人を隔離してきたWASPは今度は企業という強力なスポンサーのもと、自らの生活の地を郊外の果てに要塞化しようとしている。現代アメリカ社会のなかでは言語や人種、民族の混沌のなかで唯一、他者との差異を認める指標が経済力になっている。かといって人種的な差別が根絶されたというわけではなく、これらの問題の諸相が複雑に絡み合った状況がアメリカ社会の現在形なのである。

(注-1:White Angro-Saxon Protestantの略、つまり、アングロサクソン系の白人新教徒。アメリカ大陸の初期入植者であり、アメリカ社会の主流を占めてきた。しかしながら、現在は、全米のヒスパニック系の人口がWASPを超えている。)
(注-2:ボストンの救貧院、及び公営住宅の系譜は、Lawrence Vale,“From the Puritans to the Project”: Harvard Design Magazine, Summer 1999 (MIT Press, 1999)に詳しい。「2)貧困者のための場」の内容はこれの要約である。)
(注-3:1990年には旧州議事堂の近くにNew England Shelter for Homeless Veteransという公営の退役軍人ホームレスのための施設が設立された。(Fig.12)
(注-4:アメリカでは 1960年代から70年代にかけて退役軍人や退職者のためのリゾート地、カントリークラブには数多く建設されている。またハリウッドの有名人、あるいは大富豪のためのプライベートを確保するための居住地として既存している。それらは、80年代まではごくわずかの人々のための安住の地として比較的気候の温暖なアメリカ西海岸に集中していた。現在のその数的状況はEdward J. Blakely and Mary Gail Snyder,“Fortress America, Gated Communities in the United States”(Brookings Institution Press, 1999)に詳しい。)
(注-5:今回、取材を行ったのはArchistone Communitiesという民間ディベロッパーの管理する賃貸住宅地。1ベットルームで$1845-2120/月、2ベットルームで$2545-3125/月。
ホームページ上(http://www.archstonecommunities.com/)にも間取り等は詳しく掲載されている。)

参考文献
Edward J. Blakely and Mary Gail Snyder, “Fortress America, Gated Communities in the United States”(Brookings Institution Press, 1999)
Lawrence Vale,“From the Puritans to the Project”: Harvard Design Magazine, Summer 1999 (MIT Press, 1999)
Sanford Kwinter and Daniela Fabricius,“The American City”: Mutations, 484-659 (ACTAR, 2001)
Andres Duany, Elizabeth Plate-Zyberk, and Jeff Speck,“Suburban nation: the rise of sprawl and the decline of the American Dream”(North Point Press, 2000)
Mike Davis, “City of Quartz: excavating the future in Los Angels”(Vintage Books, 1992)


profile

霜田亮祐 Ryosuke Shimoda
1974年 東京生まれ後、埼玉へ
2000年 千葉大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了(都市環境デザイン学研究室)
2000年 ボストン大学、ボストン建築センター
2001年 ハーバード大学大学院デザイン学部ランドスケープアーキテクチュア学科
1997年 第11回建築環境デザインコンペ「新しい都市公園像」学生賞
1998年 多摩ニュータウンN-CITYコンセプトコンペ 優秀賞
1999年 ランドスケープデザインワークショップ「Tokyo風景の現在形」主宰
2000年 都市サーベイユニット「Appendix」主宰




page top coordinator's noteへ info@tnprobe.com