これまで他館の悪口をさんざん言ってきた手前、日本館
だけを手放しで褒めるわけにはいくまい。これから読者
のみなさんと館内を一巡りしつつ、自分なりの反省点を
振り返ってみたい。
 |
展示の構成および写真撮影位置。
風車壁が一枚だけ長いのは、前年の芸術展で付加されたものをそのまま利用したため。 |
|
まず、パビリオン入口の看板だが、展示の充実ぶりに
比べて素気なかったことは否めない。ここはアプローチ
から見える唯一の目印だけに、もうちょっと工夫すべき
だったと思う。
ちなみに、タイトルを見ておやっと思った人は鋭い。
そう、副題が
「建築のシュールレアリスムと都市の無意識」
から
「知られざる日本の建築と都市」
へと変更されたのである。
もとの副題は全体テーマ「Meta-city」(※1)を強く意識した
ものだったが、全体テーマの変更を受けて、理屈っぽい
ものはやめようという話になったらしい。
藤森建築と路上観察が無意識の世界でどうつながって
いるかという興味深い問い(※2)は、残念ながらひとまず
棚上げされたわけである。
分かりやすくなったタイトルとは裏腹に、玄関の構成
はなかなかイジワルで難解なものだった。
謎かけのように掲げられたC.N. ルドゥーの幻想都市図、
焼杉の仕切壁のせいで中が見えない不安、靴を脱いで
上がる不便、そして窮屈なくぐり木戸。
木戸をくぐったとたん、目に飛び込んでくるのは縄の
ドームである。製作の過程をつぶさに見てきた読者の
方々には、もはや驚きはないかもしれない。
しかしほとんどの観客にとって、これほど得体の知れ
ないものもなかったのではないか。印象的だったのは、
多くの人がにじり口のところで入るのを一瞬躊躇して
いたこと。縄のドームは、異文化の罠のように見えた
のかもしれない。
そしてドームの周囲を取り巻く展示は、大きく四つに
分けられる。
藤森の卒業計画図面、写真と模型による全作品の解説、
茶室「高過庵」の建設過程を描いたビデオ上映、そして
藤森が心酔する世界各地の建築の紹介。
それらは藤森のインスピレーションの源泉と、作品の
魅力とを余すことなく伝える充実したものだった。
展示を眺めていて、解けた謎は三つ。
まず、玄関を飾ったルドゥーは、若き藤森のヒーロー
だったのだと、卒業設計を見て納得する。ルドゥーの絵
を表紙に用いた作品のタイトルは、「橋:幻視によって
イマージュのレアリテを得るルドー氏の方法」。
計画の内容は、汚れて澱んでいた仙台の広瀬川を復活
させるため、汚染の元凶である都市を撤去して自然に
戻し、川面を見つめるための橋を架けるという壮大な
もの。藤森の出発点は、意外にも未来的な「幻想都市」
にあったのである。
次にビデオを見て分かったのは、縄文建築団が子供時代
の経験をヒントに生まれたということ。
当時、家を建てるのは村人総出の大仕事で、大人たちに
混じって建設に参加するという非日常性に、藤森は胸が
高鳴ったという。村人が一つの目的に向かって力を合わ
せる高揚感こそ、現代の建築が失いつつある
「祝祭性」
ではないかと藤森は問い、それを復活させようとして
いるのである。
最後に解けた謎は、植物仕上げの屋根に対するこだわり
の理由である。
東北地方には草を生やすことで棟を固めた「芝棟」と
呼ばれる茅葺屋根がある。藤森によると芝棟は世界的に
珍しく、東北とフランスのノルマンディー地方にしか
ないらしい。
珍しいということはすなわち意図的に植えなければ屋根
に草など生えないということで、藤森は草を植えた古の
変人たちの、正統な継承者を自任しているのである。
3年前の6月に藤森と訪ねたノルマンディーの芝棟は、
空をバックに花がちらほら揺れていて、生命感にみちた
不思議な屋根だったことを思い出す。
路上観察のスライドショーも含め、これらの展示は見て
面白さの分かるものであり、コンセプチュアルな他館の
展示より親しみやすかったことは間違いない。
しかしながら、藤森も路上のメンバーも海外では知られ
ていないだけに、見せ方にはもう少し注意が必要だった
ように思う。
ひとつは路上の仲間たちが建築作品にどう関与している
のか、分かりにくかったこと。もうひとつは、目の前に
ある不思議なドームが、誰によってどう作られたのか、
謎のまま放置されたこと。
ドームの建設作業中の写真を1枚掲げておけば、縄文村
という藤森建築を支える屋台骨が見えてよかったと思う
のだが、どうだろうか。
もっとも、藤森は
「作品そのもので語りたい」
と常々言っているから、これはぼくのおせっかいかも
しれない。
念のためにつけ加えると、細かい説明やドームの仮組み
作業の写真などはすべてカタログに掲載された。そして
そのカタログは、縄や焼杉のおまけとともに、飛ぶよう
に売れたのである。
会場で伝わりきらなかったメッセージは、これから時間
をかけて、じわじわと理解されるに違いない。
※1 Meta-city
接頭語のMetaには「後に、変化して、超えた、共に」
などの意味がある。したがって「Meta-city」は、従来の
都市観を超えた、より深く広い意味での都市を指すこと
になろうか。ただ、この造語は抽象的で分かりにくく、
それがテーマ変更の動機になったと思われる。
※2 レポート第2回を参照のこと。
(第12回につづく。敬称略) |