2006 第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展 レポート
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都市という難問

日本館のレセプションを終えた夜、ぼくはアパートに
戻ると倒れこむようにベッドに入った。
裏の水路から聞こえてくる、ちゃぷちゃぷという水音は
まるで夢のように優しく、ぼくは深い穴に吸い込まれる
ように眠りに落ちた。

それからいく時間たっただろうか。
ぼくは遠くから

「オーイ、オーイ」

と呼ばれたような気がして、夢から覚めた。

どうも水路の方が騒がしい。
窓を開けて下を眺めると、妙な作業船が停泊していて、
その横をゴンドラが通りすぎるところだった。
作業船は木杭の取替えを任務としているらしく、2本
の杭を抜いて新しい杭を打ち込む仕事を、わずか20分
足らずで手際よくこなして去って行った。
この木杭という奴は、小舟を繋留したり、追い越しや
すれちがいの際のとまり木になったりして、「水の都」
ヴェネチアには欠かせない重要アイテムなのである。

運河網がまちの大動脈であるような例は、大正以前の
日本なら大阪や近江八幡などあちこちに見られたし、
現在でもタイのバンコクなどに息づいているから、
それほど珍しいわけではない。
ところがマイカー時代の到来を拒否し、今も運河網だけ
でやりくりしているのはヴェネチアをおいて他になく、
その意味でヴェネチアの存在は奇跡とさえ呼びうるの
である。

この奇跡のまちで、都市をテーマにした展覧会を開き
たいとは誰もが夢見ることかも知れない。だが、それ
を実行に移すのは大変な勇気のいることだと思う。
実在の都市であれ、仮想の都市であれ、どんなに面白い
ものを世界中から集めたところで、生のヴェネチアの
魅力にかなうものなどないからである。

ところが今回のビエンナーレの統括者R. バーデットは、
無謀にも都市を主題に選んでしまった。
そして「Meta-city」という抽象的なテーマを掲げたあと、
それを引っ込めて「Cities, architecture and society」とする
大迷走をやらかしたのである。都市、建築、社会という
六文字の並びほど、意味をなさないタイトルもあるまい。

冴えないリーダーのせいで、各国館の展示も切れ味の
鈍い低調なものとなった。都市という怪物に素手で立ち
向かえと言われ、みんな途方にくれていたに違いない。
約30の国々が集うジャルディーニ会場を見て回るのに、
かかった時間はたった3時間。
それくらい内容が薄かったのだが、それでもこの頃の
「都市」に対するまなざしの変化が実感できて、感慨
深いものがあった。

これが10年前なら、「都市」といえば都市再開発や
都市計画を意味したであろう。
スラムを撤廃し、そこに秩序を導入することで都市が
蘇ると誰もが考えていたし、実際それで治安を回復し、
活気をとりもどした事例も少なくない。
ところが本展では秩序導入派がすっかり影をひそめ、
これまで排除の対象だった無秩序や混沌こそが都市の
面白みだとする意見が大勢を占めていたのである。

無秩序派にはいくつかの傾向があったのだが、ぼくの
目についたのは次の3つである。

・アジア賛歌
 イタリア館の外壁装飾、デンマーク館など

・路上的なもの
 イタリア館の写真展示、ベルギー館など

・オタク世界への憧れ
 イギリス館、ハンガリー館など

この事実を要約すれば、都市全体、自分の住む通り、
そして自分の部屋というすべてのスケールで、現代の
建築家たちは混沌としたものを希求しているという
ことになろうか。
だがほとんどの館は都市の混沌を漠然と眺めることに
終始し、混沌の奥に隠された本当の面白さが何なのか、
探そうとしているようには見えなかった。

一方、秩序派の都市計画的な展示はというと、これまた
秩序のゆるやかなソフトなものが多かった。そして残念
だったのは、実現しそうなリアリティがほとんど感じ
られなかったこと。
B. チュミによる楕円をモチーフにしたアメーバ的都市
計画(スイス館)、ワルシャワ市内を貫通するチューブ
状の遊歩道(ポーランド館)などはその代表だろうか。

なんだか煮え切らない回答ばかり見せられて、ぼくは
全館を見終わるころにはすっかり疲れ果てていた。
そして逃げるように会場を出たぼくは、吸い込まれる
ようにとある路地に踏み込んだ。
その瞬間、空に浮かぶ色とりどりの洗濯物が一斉に
こう話しかけてきたのである。

「そこに生きる人間を忘れたら、あかんで」

都市というテーマを大上段に構えた途端、人間の顔が
見えなくなるというのは、昔も今もほとんど変わって
いないようだ。

杭打船や洗濯物の人間味にすっかり負けていた建築展
だが、それでも面白い試みがなかったわけではない。
次回からは、そんな主要各館の展示内容をじっくり
見ていくことにしよう。

(第7回へつづく。敬称略)

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杭打作業船。
小さなロボットアーム一本で次々に杭を取り替えてゆく。
イタリア館の外観装飾。
上海のごちゃごちゃした町と都市高速が刺青のように
プリントされている。
デンマーク館の大看板を支える竹足場。
ここでは中国の清華大学、西安大学などとの共催展が
行われた。
イタリア館に展示された路上的写真。
ベルギー館で上映されたビデオ。
日常風景へのまなざしがテーマ。
イギリス館の展示風景。
観客によってつくられるオタク的世界。
ハンガリー館の展示。
オタク好みのフィギュアを大量に用い、
不思議な空間がうみだされた。
スイス館の展示。
アメーバ的な秩序のゆるい都市計画。
ポーランド館の展示。
都市に挿入するチューブ状遊歩道。
冬よりもはるかに元気で楽しい
夏の洗濯物たち。
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