ヴェネチアに到着後、ホテルを探してリアルト橋付近の細い街路に一歩足を踏み入れたところで、「あ、ピクニック!」と声をかけられた。以前私たち(東京ピクニッククラブ <※1>)が韓国で展示をしたときのアート・キュレーターの一人とばったり遭遇し、思いがけぬ再会を果たしたのだった。彼女はリチャード・バーデット(以下、リッキー)のもとでビエンナーレの展示のために働いていたという。ホテルに荷物を預けて、まずは各国パビリオンの集中するジャルディーニ会場へ水上バスで向かう。ジャルディーニの停留所で降りると、観光客でごった返すリアルトとは異なり、木漏れ日のきれいな公園の中をビエンナーレのゲートに向かって歩いていく人たちがちらほらといった感じだ。ゲートの手前で、知人である日本人編集者に出会って挨拶を交わした。会場に入り、パビリオンの多さに途方にくれて立ち尽くしていると、今回の展示を担当していたLSE(ロンドン経済大学)の研究員に声をかけられ、展示準備に要した互いの労をねぎらった。
これが私のヴェネチア初上陸後の数時間なのだが、インターナショナルな建築のコミュニティにはほとんど知人がいない私でさえ、こう次々と知人に遭遇するのだ。つまり、このオープニング期間中のヴェネチアは、非常に高い密度で建築や周辺分野の関係者が集まる特異な場所になっているらしい。2年に一度のこの時期、ヴェネチアは一種の社交場として機能しているようだ。実際、ヨーロッパの建築家の中には、たとえコンペの最中であってもこの期間中は自動車なり空路なりでさっとヴェネチアに来てあらゆる人と会うのだと決めている者も少なくないらしい。たしかに、世界中で活躍する建築家や批評家や研究者が会するのだから一番効率が良さそうだ。その情報の密度たるや大変なものであろうことは容易に想像できる。
さて、オープニング期間中に毎日開催される座談会の類にもオールスターキャストの趣がある。ノーマン・フォスター+リッキーや、ザハ・ハディド+マッシミリアノ・フクサスの座談会、サスキア・サッセンらを迎えたワークショップ、私の滞在中には、レム・コールハース+ジャック・ヘルツォーク+リッキーの座談会、レンゾ・ピアノ+リチャード・ロジャース+リッキーの座談会などが行われた。定員オーバーで入場できない聴衆が多く、コールハースらの回は私もその一人だった。翌日は早めに会場に行って座席を確保するも、司会のベルナルド・セッキが最初に「(ステージ上の)我々は全員がイタリア語を話せる」という英語の一言を発した以外は、イタリア語での座談会となってしまった。 1980年代からバルセロナの都市再生に情熱を傾けてきたオリオル・ボイガスを迎えて行われたCity-Portに関するシンポジウムも楽しみに参加したのだが、同じくイタリア語で行われたため、残念ながら得られるものはほとんどなかった。このように、あくまでイタリアを中心としたローカルなイベントなのか、インターナショナル・オーディエンスを対象とするイベントなのかわからず当惑させられる場面もあったが、いずれにしても連日の豪華メンバーによるイベントの密度には感嘆すべきものがある。
並行して、日中はジャルディーニ会場を中心として各国パビリオンのオープニングが次々と催される。英国のようにパビリオン前でコンサートをする演出もあれば、フランスのようにシェフが料理の腕をふるっているパビリオンもあるなど趣向が凝らされている。各国パビリオンのオープニングの時間は一応少しずつずらされているので、あちらで人だかりができたと思えば、今度はこちらの人だかりで拍手が沸き起こる、といった風に、会場の人の分布は刻々と移ろっていくのだった。
夜には、アルセナーレ会場でアラップとSIIC(上海實業有限公司)の主催によるビエンナーレ国際建築展のオープニング・パーティが開催された。昼間の会場とは打って変わって華やいだ雰囲気の中、コンサートあり、クラブあり、インスタレーションありのナイトライフが繰り広げられた。夜が更けるに連れ人が増え、パーティに不慣れな日本人(=私)が深夜1時に退出する頃にも、着飾った人々が続々と会場に集まってきていた。各国主催のパーティも毎夜行われ、深夜にこのオープニング・パーティに流れてくるらしい。
私は、都市の第一の機能は、人と人との出会いの創出だと思っている。それは密度から生じる。建築という分野のコミュニティでは、2年に一度たしかにここに都市が立ち現れているのだった。インターネットを通じてコミュニティが形成され膨大な情報がやり取りできる世界にあっても、空間的な人やできごとの密度から得られる情報には代えがたいものがあるのだろうと思う。
※1 東京ピクニッククラブ
2002年伊藤らによって結成。ピクニックの原形を歴史に探りつつ、メンバーである多彩なクリエーターのコラボレーションによって、自由で洗練された現代のピクニックの姿を提案する。都市居住者の基本的権利として「ピクニック・ライト」を主張し、社交の場としての都市の緑地や公共空間の利用可能性を追求する。(www.picnicclub.org)
(第3回へつづく。) |