2007 第3回ロッテルダム国際建築ビエンナーレ レポート
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ロッテルダム国際建築ビエンナーレ レポート HOME
ロッテルダムと建築/根津幸子

国を挙げての都市計画が盛んなオランダだが、OMAや MVRDVをはじめ多くの有名建築事務所はロッテルダムに所在する。また、オランダ国内には10箇所の建築を学べる学校があるが、双璧を成すのがデルフト工科大学と、ここロッテルダムを拠点とするベルラーヘ・インスティテュートである。今回のビエンナーレは、このベルラーヘがキュレーションしている。

 

ビエンナーレは5月24日のオープニング以来、3つの展覧会をはじめ、2週間に渡るレクチャーシリーズ、ベルラーヘを会場にした学生によるインターナショナルワークショップなどを開催している。ロッテルダム中央駅から伸びる運河に沿って南下すると、右手にミュージアム広場があり、ここにメイン会場となるレム・コールハース設計のクンスタハルとヨー・クーネンのオランダ建築博物館(NAi)がある。この広場には他にバベルの塔のドローイングで有名なボイマンス美術館、オランダ近代建築家ゾンネフェルトの住宅、メカノの自然博物館などもある。一方、運河の左手にはたくさんの小さなギャラリーとカフェが立ち並ぶヴィツテ・デ・ヴィッテ通りがあり、こちらもさまざまな展示で賑わっている。

 

第3回目のビエンナーレのタイトルは「POWER」で、サブタイトルに「Producing the Contemporary City」とつけられている。現代都市は誰が作っているのかという問いが大きなバックグラウンドとなっている。
現在、世界では、毎日15万人が田舎を離れ都市に移動している。すでに世界人口の半数は都市に住んでいるが、40年後には4分の3にシフトする数えだ。それは、新しいロッテルダムが5日に1回、あるいは上海やニューヨークのような都市が3ヶ月に1回生まれているのと同じだと言える。グローバル・キャピタル、マス・ミグレーション、安全性(safety)、ツーリズム、といった新たなテーマが都市に生まれ、同時にそのコントロールの難しさが浮き彫りになっている。一体誰の、何のための都市なのか。今回のビエンナーレでは、あらゆる都市の現状とヴィジョンをさまざまな切り口で紹介している。

 

ところでオランダの建築シーンは、なぜロッテルダムなのか。首都のアムステルダムは文化の街であり、対する港町のロッテルダムはビジネスの街と言われる。大戦中、ドイツ軍より爆撃を受けほぼ壊滅状態になったこの街は、更地からスタートして新しい街の建設を目指した。瓦礫となった建築廃材で、今のセンター街の淵を流れていた運河を埋めたて、幅の広い道路を通し、港町としての都市開発の一歩を踏み出した。
さまざまな移民を受け入れている都市として、町並み、住宅区域などの形成を読み取ると、アメリカの都市を手本にしていた様子がうかがえる。車社会、広場、巨大パーク、工業地帯と住宅。ロッテルダムが持つこれらの要素はまさに戦後に生まれた都市の要素だ。それは運河を中心に形成された観光都市アムステルダムとは全く方向性が異なる。アムステルダムは13世紀からの町並みを保つため、市の条例により市内のほとんどの建物がモニュメント化され、今でもデザインの手を加えにくい。それとは逆に歴史的な背景から見ても、ロッテルダムはタブラ・ラサ(白紙)からドリームシティを描くという意味において、建築に携わる人たちにとって格好の場となり得たように思われる。

 

ロッテルダム市は今年、建築年を謳っており、街全体でさまざまなイベントを繰り広げ、ビエンナーレもその一環である。5月14日には、その皮切りとして、1940年のその日にドイツ軍に爆撃された地域を光で浮かび上がらせるイベントが行われた。写真を通して見ると美しいが、恐怖も兼ね備えている印象を受ける。光で浮かび上がるこのエリアはまさにロッテルダムの中心部である。毎年この記念日には夜8時に全国で2分間の黙祷をする。鉄道駅では構内放送が流れ、運転を止め、高速道路でも車はすべて路肩に停車し、レストランはサービスを止め、ラジオ放送でセレモニーの様子を放送する。この日は市民が一同に過去の惨事に思いを馳せるのである。

 

陸続きのヨーロッパ大陸で、常に近隣の都市とバランスを取りながら発展してきたロッテルダムは、地理的にも首都アムステルダムよりベルギーのアントワープの方が近くにあり、オランダ語を話す人種以外にも、モロッコ、トルコ、スリナムなど、たくさんの移民と共存している街である。圧倒的多数の日本人が人口を占める、島国の日本とは全く違う側面が私には面白い。
オランダの場合、多様な人種が共存するからこそ、すべてのレベルで合意が必要となり、それが政策となって現れる。文化に限らず街づくりも合意のもとで進められていく。合意により多様性を堅持する街づくりは、自ら街を造っているという意識が市民の中にも行き渡る。そのような国民性、社会的背景があるからこそ、ロッテルダムでは建築が街のテーマになり得、国際的な位置づけでそれを考える土壌が生まれるのではないかと思う。

(第2回へつづく。敬称略)

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クンスタハルでオープニングセレモニーが行われた。
コルビュジエ回顧展が行われているNAi。水辺には建築年のキーカラーである紫色のオブジェが浮いている。
ボイマンス美術館でのWiMBYのオープニング。
ロッテルダム中心部の広場に設置された、建築年にちなんだオブジェ。
運河沿いのアムステルダムの街並み。
5月14日のイベントで中心部がライトアップされた様子。
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