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バカ正直な、新しい地図の描き方
−トシの未来カルトグラフィー−
重松象平
"Kiss the future!" Walter van Beirendonck
1. 最近、トシ(*0)の未来が気になってしようがない。
2. だからとりあえずソニーのデジタルビデオカメラを使って自分なりのトシ地図をつくってみることにした。
2000年の7月10日から2001年の11月1日までの間に僕は、26,042マイルを稼ぎ、2大陸、8カ国、15の都市を訪れ、1,154分のデジタル動画と2,195枚のJペグ静止画を撮った。
インテル社のCPUがこの5年で10倍の速度になったように、僕らは5年前と比べて確実にトシの変化を多く体験し、その変化のスピードに感覚的に反応する瞬発力を鍛えているし、それを経験として蓄積している。
それと同時に、トシは僕らにとってある町の近代美術館で観るモディリアニの絵のように、あるいはある空港の免税店で売っているダンヒルのネクタイのように、至極スタイリッシュ(流行風)で、ステイブル(不変)で、バナル(平凡)な対象と化してしまった。
逆にトシのオールマイティーさが発揮されるカテゴリーは増加した。はっきり言ってその強力さと変幻自在さといったら、一個のエスプレッソマシンから生命保険会社のコマーシャルにまで登場する勢いだ。僕らは「トシについて考えるべき立場」として、その実態の無さと実態の複雑さによって歓喜と当惑のなかに導かれ続ける。
僕らはいつになったらバーチャル(実質、虚構)とアクチュアル(実際、実在)、ナショナリズム(国家主義)とグローバリゼーション(世界化)、エキセントリック(常軌を逸したもの)とバナル(退屈で普通なもの)、コレクティヴ(集団)とインディヴィジュアル(個人)等、トシの数々の矛盾を止揚し、自由を獲得できるのだろう。
僕らはいつになったらトシのエキスパートとしてその核心のダイナミズム(流動的な諸力の質)を正直に伝えることができるのだろう。
こうも問える。
今、「トシについて考えるということ」はどういう意味をもっているのだろうか?
トシを考えることとは、その未来へと関わっていくリアルな想像力を活性化し、世界の変化のスピードにイン・タイム(直ちに、間に合って)で反応していく感覚を研ぎ澄ませることであると思う。
ここで言っておきたいのは、リアルな想像力とは空想とは区別されるものである。それは、システムのほころび(*1)を見つけ出すことによってシステム自体を理解し、そのシステムを建設的に解体していく思考と表現である。
ここで僕は「トシを消去する」(*2)というモデルを使うことによって、その想像力を獲得し、それを自分なりの地図として表現することを試みた。
その表現とは、トシのマイティーさを恣意的にフル活用している点で、ある意味折衷主義的でレトリカル(修辞的)な狂言であるが、同時にトシの物理的呪縛から楽観的に解き放たれ、未知への創造的挑戦を試みるアーバニズムのシナリオ(筋書)兼プロトタイプ(原型)なのである。
僕はトシについて考える。すべてが新しい状態に移行しようとしているこの時代の未来に、単純に参加したいし、できればそれから取り残されたくないから。
<エピソード1> アライアンス(*3) − ニューエコノミー
アライアンス(alliance)という言葉が気になった。
それは年末日本に帰郷する際始まった。全日空の便を予約したところが、実はルフトハンザの航空機で、ドイツ語と英語の雑誌しか置いてなかったにもかかわらず、時任三郎主演の日本映画が、日本語とドイツ語吹き替えでやっていたのを見て、「アライアンス」のポテンシャルが直感的にではあるが気になりだしたのだ。
各航空会社は1997年スター・アライアンス誕生以来、サービス強化、増収、費用削減の名目のもとに世界中で戦略提携を繰り広げ、現在ではたった4つのメガ・アライアンスにまで収束している。さらに各アライアンスがホテル、レストラン、レンタカー会社とも提携しており、そのネットワークを辿っていくと実にエンドレスでどろどろした資本の世界が垣間見られる。
多分、その四枚のカード持っていれば、サルディーニャ島でレンタカーを借りてアムステルダムのカジノの割引券を獲得したり、チュニスでしゃれたリゾートホテルのスイートに泊まって東京―淡路島間分のマイレージがたまったりするのである。
つまりここに、フリークエント・フライヤー(頻繁に飛行機に乗る人)の経済原理には円、ユーロ、ドルの上にもう一つマイレージ(ポイント)という通貨概念が誕生している。
帰郷の際に感じたものとは、合理性という純粋な経済原理の上に成り立っている緻密な網の中に引っかかっている自分を意識したのと同時にその網のほころびを見つけそこから脱け出したような感覚であった。
<エピソード2> エル・アール計画(*4) − ニューコミュニケーション
「ロック」、とカタカナで書いてみる。もちろん日本語のカタカナ表記において、コンテクストがない限り、これが英語の「鍵」なのか「ロックミュージック」なのかわからない。固有名詞も厄介だ。フロイト、ボードレール、レンブラント、ル・コルビジェ、フランク・ロイド・ライト、アラン・ドロン、ロバート・レッドフォード、ローザンヌ、フローレンス。僕は今でもこれらの人名や地名を使うたび、自分が犯した数々の間違いがトラウマとしてよみがえり、声がトーンダウンし、瞬間的にアドレナリンが分泌されるのがわかる。
今日本にあふれる外来語。そのほとんどは英語であり、英語でなくても基本的にはヨーロッパ(ゲルマン)語族だ。そして悲しいかな、その諸言語にはLとRという、日本語には区別がないが故に、最も厄介な発音と表記の区別がある。これは先に述べたように日本語において同音異義語を増加させ、日本人の海外での言語コンプレックスを増長させる結果となっている。
そこで僕は、実際日本語と発音が近いLA, LI, LU, LE, LOは現行のラリルレロ、日本人には発音するのが困難なRA, RI, RU, RE, ROにはラ゜リ゜ル゜レ゜ロ゜とマルを付けるという計画:「エル・アール計画」をここに提案する。
これによって、発音はできなくとも、本来の言語での記述を常に思い浮かべることができる。つまり僕らはLとRの違いを常に意識するようになる。そして、外来語という情報の摂取効率を上げることは、コミュニケーション全般の効率と質を上げることに繋がると考える。このエル・アール計画はコミュニケーションの上達が成し得るトシへの貢献を念頭においた創造の第一歩なのだ。
<エピソード3> ジャイアント・ロ゜ボット計画(*5) − ニューオーガニゼーション
ジャイアント・ロ゜ボット(www.giantrobot.fi)はフィンランドで活躍するオルターナティヴ・ポップバンドだ。トーマス・トイヴィネンはボーカル兼作詞作曲を手がけるこのバンドのキーパーソンであり、実は建築家でもある。自らを「都市と人間がもたらす創造的、国際的多面体」と称する彼らの活動は、ノキア社と共同で開発した新しいワークスペースのプロ゜トタイプ、「アウラ」、ヘルシンキという都市のヨーロ゜ッパにおけるアイデンティティーを相対的に問うメッセージを歌詞として込めた曲の発売、ラ゜ジオヘルシンキにおける国際状況の討論(筆者も月一で参加)、日本でのNAMへの参加等、まさに多方面にわたる。
今回彼らはメジャーレーベルからアルバム第二弾を発売するにあたって、その組織体の特異性をもっと効率よく伝えるアイデンティティー・デザインを始めようとしている。
僕とトイヴィネンは「建築家として」そのデザインに参加する計画を進めている。それは、レ゜コード会社と広告代理店という商業ベースの存在ばかりに頼っていては彼らのスタイルが的確に表現できないであろうというバンドの正直な危機感と、建築家が彼らの複雑な野心を公式化し、表現するのに適していそうだという直感から発生している。
僕らは、先ず自らの原理とネットワーク図を作成し、ヨーロッパ各都市のアイデンティティー、ポップミュージックの歴史とジャンルの変遷、黒人R&B、ヒップホップアーティストのアライアンス(提携、同盟)構造などのリ゜サーチから始めた。最終的には歌詞、カバー、ミュージック・ビデオ、本、展覧会、コンサートなどすべてのアウトプット(生産)がこれらのプロ゜セスから生まれる。これはポップミュージックという媒体において、プロ゜セスから多方面の職能や領域を巻き込み、建築家としてそれをどうオーガナイズし、トシに明確なメッセージを伝えていけるかを模索する試みなのだ。
<エピソード4> ニュー・ニューヨーク(*6) − ニューシティー
2001年9月11日僕はニューヨークにいた。
レキシントン・アベニューと東39番通りの交差点にあるホテルWの一室で、前夜から点けっぱなしになっていたテレビのcnn速報を見てこの都市が決定的に変わりつつあることに気が付いたのだった。僕はペンタゴンが攻撃されテロ゜であることが明白になってから、レ゜ム・コールハースをはじめその日ニューヨークにいた事務所の同僚の安全を確認し、日本の両親や友達に自分の安全を伝え、すぐさま外に出て比較的近くにそびえたつエンパイアー・ステイトビル、クライスラービルに同様のテロ゜が起こった場合の簡単な測量を行った。そして再び部屋に戻り、ニューヨークのスカイラインの象徴が消えるのを呆然と眺めたあと、当てもなくダウンタウンへと歩き出した。
その後1週間僕は、救急車のサイレン、マシンガンを持った兵士、交通整理をする警官、大小の星条旗、ろうそくの光、そして笑顔の消えたニューヨーカー達に占領された街をひたすら歩き回った。
僕は、ベル゜リンの壁が崩壊して以来、しばし忘れられていた「トシは変わるのだ」という共通認識をひしひしと感じたし、ブル゜ックリン橋から生々しく見える煙と、以前とは全く違って見えるマンハッタン・ダウンタウンのスカイラインを見ながら「建築」や「都市」はそこにあるのではなく、むしろ見る者の主観のなかに存在することを実感した。それは新しいニューヨークに他ならなかった。
<12の動画(*7)>
ここに紹介した12の動画はトシのイメージとしてはGodfrey Reggioによる映画「Koyaanisqatsi」以降、ある意味クリシェ(常套句、典型)になりつつある。さらにこのエッセイで消去した物理的な都市が敢えてもろに表現してある。
僕らはこのように一般化した風景をトシとして消費し、飽きてしまったのだろうか。それともリアルな想像力を駆使した「変わろうとするエネルギー」はこの風景を全く違う次元に昇華させる力を持っているのだろうか。ニューヨークのスカイラインがあたりまえであったものから、至極危うく崇高なものへと一日で変化したように。
<あとがき(*8)>
「What did you want to be?」
映画「ファイトクラブ」で、ブラ゜ピ扮するタイラー・ダ−デンはコンビニの店員を外に引きずり出し、彼に銃を突きつけそう問い掛ける。
銃までは突きつけ合わなかったものの、今回の記事を創る上での遠藤氏と僕の対話のプロ゜セスは、お互いが「何を伝えたいのかを正直にいうこと」に徹することによって、アカデミズムさらには建築という非我を殺ぎ落とし、お互いの自我をカジュアル(気取らず)に確認するに至った。また遠藤幹子、三好隆之の両氏にも貴重なアドバイスを頂いた。
正直な対話のプロ゜セスから生まれた僕なりの地図を紹介できることをうれしく思う。
プロ゜フィール
重松象平(シゲマツショウヘイ)
1973年福岡県生まれ。
1996年九州大学工学部建築学科卒業
1997年新建築・播磨近未来戸建て住宅デザインコンペ学生部門最優秀賞(共同)
1997年〜1998年ベル゜ラーヘ・インスティテュート・アムステル゜ダム
2000年アムステル゜ダム芸術・建築基金財団奨学金によるブラジル研修旅行参加
1998年よりO.M.A.(Office for Metropolitan Architecture)勤務
ユニバーサル・スタジオ本社ビル、ポルトのコンサートホールコンペ、アルメレの映画館、シンガポールJTCマスタープラン、ジェノバのピア・パロ゜ッディコンペ、等のプロ゜ジェクトを経て、現在ニューヨークのホイットニー美術館拡張計画担当
執筆
新建築2001年3月号「無色のショップと百万色のショップ」ブランド×建築(家)
新建築2000年7月号「ファンデンブルーク&バケマ展に見るダッチプロフェッショナリズム」
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