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種明かしの、まえがき兼あとがき
「アムステルダム国際客船フェリーターミナル設計案」
鳴川肇
ある意匠とその説明
〜回帰する思考のミューテーション〜
ステンレスの開発者達はそれが錆びないということに気づくまで、かなりの時間 を要したそうだ。これは仮説を立てて研究開発を行う際、結果が仮説通りにいかなかったときにこそ大きな利益が生まれる、ということをよく物語っている。デザイ ンも同様であると考える。こうした当初考えつかなかった結果が試行錯誤のなかで生まれ、その副産物がプロジェクトの主幹をなす、という首尾一貫性を崩したデザインプロセスを、このプロジェクトをふくめ私は主体的に実践している。 普段われわれは建築のデザインを時系列的に発展させていくように振る舞うが、実際は恣意的な着眼点をどんどん掘り下げていくことで、予想外のところから、 要求される問題の解答へ必ずといっていいほど回帰でき、また同時にそれは、より多くの問題解決につながっていく。時系列で話していくとロジックが成り立たない、ダイナミックな思考のミューテーションをもったデザインのプロセスは、そういう意味で、因果律が時系列でのみ説明できる殺人事件の真相解明とは全く異なる。
〜副産物の説明法〜
例を挙げて説明する。「新しい接着剤をある期間に渡って開発していたが、ついにできあがった試作品は、粘着力が弱すぎてすぐにはがれてしまうものであった。」これは普段我々が使っている"POST IT"の開発を時系列で説明したものだ。この商品開発をこのように説明すると、ひどい失敗談に聞こえる。そこに「はってはがせる」という飛躍があると、それは大きな発明に置き換わる。"POST IT"の研究開発について詳しいことはよく分からないが、「インプットの真剣さとアウトプットの意外さ」、とくにアウトプットの意外さに気づく思考の飛躍が、いわば“発明の醍醐味”のようなものをよく伝えている。
〜後始末のロジック〜
さて、今回紹介したプロジェクトを時系列で説明してみると、境界線を前にできる長い行列を折り畳んで、いかにコンパクトにできるかという配置パターンを考える事から出発し、そのうちに、なぜ行列と言ういらいらするデッドスペースができてしまうのかという疑問へ移り、さらに行列のラインそのものが境界線となれば、全員が一度に通り抜けることができるという考えに行き着いた。それを試行錯誤した結果、形がたまたまラジエーターやフィルターに似ていたのだ。ネーミングは分かりやすい説明(accountability)のために欠かせない作業だが、実のところ“ラジエーター”のことなど初期段階で考えたこともなかった。つまりこの文章は、本作品の説明文が“主観”“成り行き”の後始末として、ロジックを無理矢理あとづけしたものである、という種明かしなのである。
意匠の副産物
〜副産物と副作用の連鎖反応〜
ある程度の大きさを越えると建築は、与えられた敷地内で多数の要素を扱うために、ある部分が思わぬ形で全体に影響を及ぼす。そういう点でオセロに共通する、ダイナミックさが見られる。このプロジェクトは建物のある箇所の設計に集中して問題解決をし、それに熱中しているうちにあちこちで発生する思いがけない問題を一つ一つ、場当たり的に――されど真剣に解いているうちにできあがったビルであり、思考のミューテーションの果てと言える。別の言い方をすれば与えられた敷地、要求されているプログラム等の初期条件から導き出される特殊解の寄せ集めの「地層」ともいえる。
〜連鎖反応の都市形成史〜
ここで説明したような個々の建築の設計手法と、それらの集合である現実の都市での現象が、スケールをこえて、いみじくも共通の性質を有していることを偶然ではないと考える。この現象は中世の城壁が、社会の思わぬ変化にあわせて環状道路に環境変異するという例で説明することができる。中世の人々が車社会など予想できるはずもなかった。外敵からの防御という本来の機能を持つ城壁が、自動車道として理想的な形状(ルート)である訳はない。そこで元の城壁の形状をベースに、渋滞の起きやすい箇所にはバイパスを設けたり、都市の拡張に伴って年輪のように元の環状状道路をオフセットし、新たな外環道を建設するなどして、環境変異に当たる作業をくり返しながら副産物を創造してきた。新たに起きる問題から新たなアイデアが生まれ、そこから副作用がさらに起きる。この連鎖反応を繰り返して、多くの都市(特に非西洋の)は形成されていく。
〜都市形成の縮図〜
話を建築のスケールに戻すと、こういった連鎖反応の変異プロセスの縮図として建築設計を試すというのが今回のねらいである。単純な問題提起をして初期設定を与えることができれば、“外環道”にあたるような副産物を生み出す事ができる。今回紹介したプロジェクトでいえば、観光バスを最大限配置できるよう設計したためにコラムの配置が不規則になり、そのコラム配置が上下階の設計に影響を及ぼし、それが原因で、例えばユニークな駐車場ができあがるという、数珠つながりのプロセスだ。
〜派生物/回帰(RE- CYCLE)するアイデア〜
さらにこうして 建物に集中して考案したアイデアが、大量の観光客がすり抜ける容器であることがすぐ分かるくらい奇妙な建物であることで、昨今のツーリズムという社会背景を映し出すことができることに可能性を見いだしている。またラジエーターのかたちをした境界線が新宿駅の改札口や券売機、スタジアムの入り口など、他の都市的な場面で応用可能であったりして、小さな小さな着眼点から出発したものが意外なところで「社会」とか「都市」とか、大きな視野に回帰するところに、このデザインプロセスの醍醐味を感じるのである。
言語の生きた副産物
〜環境変異する言語〜
言語は都市の形成と似ていて確固としたメカニズムがあるわけではなく常に標準語をベースに、話し言葉、俗語(slung)や現地語、方言(dialect)のように環境変異され活きた言葉に変化してゆく性質がある。喋りづらかったりしたら母音変異(ミューテーションmutation)を常に起こしたり、考えたことをうまく伝えるために標準文法を飛び越して、例えば「イケてる(活けてる)」などのいわゆる流行語を生んだりもする。
ところでヴァナキュラー(vernacular)という言葉は建築界において、日干し煉瓦でできた住宅のように土地特有の建築様式のことを示し、具体的には土地の風土とか、そこで入手できる材料によって確立されるスタイルを言うが、言語学的には本来、ある地域、グループに特化された言葉、口語、流行語などの活きた言葉も一括してヴァナキュラー(vernacular)とするという。
〜パターンランゲージという言語〜
さて建築意匠においてヴァナキュラーというとやはりアレキサンダーのとなるが、上記の観点で日本にある彼の設計した学校を見るとなんとも面白い。英語で話す建築家と日本語を話すクライアント、アレキサンダーのパターンランゲージ、と3つの言語がこんがらかってできた作品は建築言語としては死んだ言葉になっている。おそらく彼のデザイン理論を「なまらせ」、スラング化することをさけて標準語の状態のまま建設してしまったため、ヴァナキュラーを説いていながら最も活きていない言葉になっているという印象を持った。
〜ヴァナキュラーなヴァナキュラー建築/都市〜
「イケてる、イカす」が一昨年ごろ広辞苑に登録されたが、昨今ではこの言葉の寿命も長くは無いと感じられるようになった。新しくうまれた言葉を追加し、死んだ言葉をはずしながら辞書は更新されている。同じように活きた言葉、生きてる建築として思考のミュ−テ−ションをくり返しながら、無責任な程にアイデアを更新してゆくデザインプロセスをこれからもめざしてゆくつもりだ。そのような意味でこれは私自身の今後の設計方針の前書きなのである。
・・・まえがき兼あとがきの後書き・・・
さてこのコラムは今回紹介させていただいているプロジェクトの設計プロセスについて書きましたが、文章中に五回プロジェクトという言葉を用いてその都度そちらのページに飛べるようになっております。この文章を読む前に作品を見ていただいたか、これから見ていただくのか、それともこの文章を読んでいる最中にジャンプして見て頂いたのかで、かなり印象が変わってくるはずだと期待しております。このようにインターネット上の文章情報は本のような起承転結をリニアーに読み進んで得られる知識とは異なります。どちらかというと辞書を用いて知りたい知識のキーワードを自由に芋づる的に引いていく感覚に近いからです。つまりこのコラムはこのような文字情報に関する構造を利用して、これに類似したデザインの、前書きと後書きを常に置き換えるような設計手法を紹介するものであったということを「このコラムの後書き」として付け加えておきます。
profile
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鳴川肇 Hajime Narukawa
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| 1994 |
芝浦工業大学卒業(建築史) |
| 1994 |
JIA卒業設計コンクール金賞「ゴールデン街の小劇場(卒業設計)」 |
| 1994-96 |
吉岡文庫奨学生 ジオデシック理論の研究 |
| 1995-96 |
シナジェティクス研究所 トポロジーを加味したジオデシックドームの試作品開発 |
| 1996 |
東京芸術大学修了(構造計画) |
| 1996 |
サロンド・プランタン賞「テンセグリティ・モデリングマニュアル(修士論文)」 |
| 1999 |
ベルラーヘ・インスティテュート修了
「Dymaxion Perspective(修士論文)」透視図の歪み補正技術と超広角カメラの開発 |
| 2001 |
Studio MO(アムステルダム) 新型の面トラスの基礎研究とそれを用いた建築デザイン |
| 2001 |
ローマ賞(Prix de Rome) 三等 (Studio MO 共同) |
| 2001 |
Volkstijn管理施設全面改修のための設計進行中(Guest House遠藤治郎と共同) |
| 現在 |
建築アカデミー講師(アーネム)、およびVMX勤務(アムステルダム) |
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出版物
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| 2000. 06 |
INAX Report::「上昇するサッカースタジアム」 |
| 1999. 10 |
JT: 海外生活事情「アムステルダム」 |
| 1998. 11 |
Hunch : 妹島和世・西沢立衛インタビュー(藤井伸介と共同) |
| 1997. 09 |
SD: バックミンスター・フラーについてのエッセイ |
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