小沢剛世界の歩き方 〜美術家日誌編〜
小沢剛

*月*日
アート系の真面目なメーリングリストで、せじま何とかさんによる金沢現代美術館に入れるカフェやレストランのアンケートをしていたんだけど、ふと遠藤君と作った醤油画美術館模型(図版1) (図版2)の姿が浮かび、吉野屋と餃子の王将をテナントとして入れることを思わず提案してしまった。遠藤君なら分かってくれるだろうけど、普通 は嫌がらせと思 われるだけなんだろうか。

下線部注:SANAA(Sejima + Nishizawa + associates)による「広坂芸術街」を筆者は指していると思われる。(編)


*月*日
今取りかかっている僕の作品の話だ。 広島にアストラムラインという地下鉄ができ、オランダ並にそれはかっこいいもので便利なものなのにも関わらず、まるで利用者がいなくて困っているそうだ。2週間だけの作品設置で何かおもしろいことをしてくれとの依頼が来た。僕の提案したのは、完璧なるデザインの地下空間に、ステッカー状に加工されたその地上の町の雑多な風景写 真を、何千枚とそこかしこに張り巡らせ、地下に魂を吹き込ませようと言う魂胆だ。そして広島に飛んだ。
あちらに行って分かったのだが、このラインで地下を走っているのは中心部の3駅のみで、その先は郊外のベッドタウンに繋がっている。ひときわ目を引いたのは広大な住宅造成地で、モデルハウス(図版3)も建ち、のぼりも沢山立てキャンペーン中(図版4)のようであったが、訪れる人はまるで見かけなかった。役所の人の話によると田中角栄による日本列島改造論の名残の物件とのこと。ものすごく長い間眠らせ過ぎてしまったという訳なのだろうか。空虚な風景の裏側の目に見えないストーリーをぼんやり見ていると、僕の網膜に、住宅販売ののぼりに混じって、一本だけおたふくソースののぼりが激しくはためいているのが映った。荒野に唐突に咲いた花のごとく、おたふくソースは、あまりにもか弱いが、空虚な風景を豊かなものに一気に変貌させるほどの力強さは持ち得ている。ロマンチックすぎるだろうか。


*月*日
今日は昨年制作した3Dインヤン(図版5) (図版6)の資料を整理している。それは、よく似た形と機能を備えた、カプセルホテルと浮浪者のブルーシートの家を合体させた作品だ。一件相反するもの合一させることにより、ワンステージ上のビジョンに引っ張り上げる、という誰でも知っている東洋的な考えである「陰陽」からスタートしていたんだけど、制作を進めるうちにそんな単純な問題ではないことがわかった。カプセルは確かにブルーシートより清潔そうで暖かそうだが、果 たして本当の幸せを感じて眠る人は何人いるのだろうか。ブルーシートの家の作り方を浮浪者にインタビューしたのだが、完全なる自由を得た彼らは実は見かけほど飢えていなく、静かにそれぞれの時間を満喫している。なにが陰で、なにが陽なのか定義づけることすら出来なくなってしまった。現代社会では、アグリーも、ビュティーもカオスの中にあり、そのどちらも等価で見るまなざしを持たなければいけないのではないだろうか。そして、僕ら美術家や建築家は、そのカオススープの具を、それぞれの方程式で、再構築しなければいけないのではと考えている。そしてそこから、未知なる形が作られ、未知なる体験、未知なる感動が来るかもしれない。そしてそれの先は、コピーと合成の繰り返しで振り出しに帰るのだろうか。人はそれを輪廻とか言うのだろうか?いつどんな時代にも表現欲求に溢れる人間がいて、輪廻の構造を例えば螺旋に変え、また別 の者が直線に無理矢理変えることだろう。どのみちカオススープにぶちこまれてしまうとしても、僕はそれを全て肯定しよう。


*月*日
友人がすごいラーメン屋に連れて行ってやるというので後を付いていった。近頃すっかりぎらついた感じが薄くなってきた 渋谷センター街を抜け、パルコパートいくつだかの、韓国資本で出来た東大門(図版7)の隣にあった。「ドンキーホーテ」(図版8)という名のとてもうまそうなラーメン屋には見えない店だった。バーボン、酒樽、馬の鞍、蹄など店内は、カーボーイハットを被った荒くれがいても良さそうなぐらい西部劇調な内装。おまけにカントリーミュージックが流れ続ける。しかし注文を取りに来たのは韓国の女性、更におかしいのは、でてきたラーメン(図版9)はネギと豚の挽肉と納豆がのっている。スープはしょうゆ味だが、黒酢がたくさん入っている。うまいのか不味いのか判断も出来ぬ まま無言で食べ続け、結局スープまで全て飲み干した。はた目には、食後の満腹感を感じながらタバコをふかしている幸せなヤツに見えたかもしれないが、頭の中では、すごいスピードで変貌し続ける都市、いくつもの国や時代の文化のレイヤーがかかったへんてこりんなビジュアル、音楽、食、、、。「これが僕のみたかったアートなのでは?」「現実がアートを越えてしまったのではないか?」「じゃあ、アートはいらないのか?」。店内で、たった今五感で感じている事柄をこれっぽっちの知識と経験で認識作業に努めていたと言うわけだ。
ちょっと前に、新しいひらめきがあったというのに圧倒的な現実に頭を垂れている。

下線部注:渋谷パルコクワトロの「東大門市場」


参考資料1:醤油画資料館への「誘い交換日記」
参考資料2:本日記作成直前の交換日記



profile

小沢剛 Tsuyoshi Ozawa
1965年05月 東京生まれ
1991年03月 東京芸術大学大学院美術研究科壁画専攻修了
1999年 「MOTアニュアル1999 ひそやかなラディカリズム」東京都現代美術館
「第1回福岡アジア美術トリエンナーレ1999」福岡アジア美術館
「Hack the future! 美術の闖入者たち--秋山祐徳太子&小沢剛」
上野の森美術館EXTRA/ 東宝チェリー(東京)
「醤油画資料館別館」オオタファインアーツ(東京)
1999-00年 「GAME OVER」ワタリウム美術館(東京)
2000年 「空き地」豊田市美術館(愛知)
「コンチネンタル・シフト」Ludwig Forum fur International Kunst(アーヘン)他
「ダーク・ミラーズ・オブ・ジャパン」De Appel Foundation(アムステルダム)
「ミュージアム・シティ・福岡 2000[外出中]」旧御供所小学校内(福岡)
2000-01年 「My Home is Yours, Your Home is Mine」ロダン・ギャラリー(ソウル)
「Rendez-vous」コレクション・ランベール(アヴィニョン)
2001年 「小沢剛★中山ダイスケ クロスカウンター」川崎岡本太郎美術館
「パブリックオファーリング」カリフォルニア近代美術館(アメリカ)
「第2回ベルリンビエンナーレ」(ドイツ)



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