小沢剛世界の歩き方
参考資料1:醤油画資料館への「誘い交換日記」

>From: "Jiro Endo"
>Date: Wed, 24 Mar 1999 19:00:36 +0100
>To: "Tsuyoshi Ozawa"
>Subject: Re: どーも

ごぷさたしています。小沢です。

>どうも。

行ったこと無いけどアムスいいとこなんだろうね。日本と違って、忙しい人もそうでない人も、なんか余裕のある感じですよね。ヨーロッパって。僕はこの半年ぐらい月一で展覧会が入っていて、ずーっと忙しくしていて先週からやっと暇になって、1週間何もしないでいたら、とても後ろめたい気持ちになったりして、なんだろうねこういうの。

>いやーよくわかります。悲しきかなとても解ってしまいます。
>元日本経済の原動力!の街ぐるみのメンタリティーでしょう。

もし時間と興味があればなんだけど、9月に東京で醤油画資料館という名の展覧会(図版10)をする予定なんだけど、それに、協力してもらえませんか。既にそれは、福岡に開館したばかりのアジア美術館で、アジアトリエンナーレに出しているもので、東京に巡回させ、大幅にバージョンアップを図りたいと思っている。今あるそれは、醤油画という架空のアートのジャンルを作り、その歴史を、古代室、中世室、近代室、現代室と小さな部屋に分け、さながら美術館内美術館のように展示するものだ。勿論館長室や切符売り場などもあるという懲りよう。各部屋には醤油で描かれたそれぞれの時代背景を映した作品があるのだ。中世室には丁髷の男が絵を描いているマネキンまであるのだ。現代室最後には、未来への構想として、新醤油画美術館のパース画で絞めている。これは深く考える時間が無く、とりあえず、イナカのテーマパークプラスダイエーみたいなものにしてみたんだけど、ここはもう少し考えてみたいと思っている。
>どのあたりをでしょうか?

>>どんな、形にするかってことを。「イナカのテーマパークプラスダイエー」でもかなり、だいじなことが入っていると思うのだけれど、

>まずは福岡アジア美術館での展覧会の写真など資料一式メールなりHPなりで見れませんか?

>>写真はまだなので、4月にワークショップでもう一度行くので、それから送ります。

>しかしながら「イナカのテーマパークプラスダイエー」刺さりますねこの言葉。
>急に思い出したのですが、バンコックのちょっと前に栄えた百貨店の上層階の哀愁力はなかなかでした。
>とくに地上7階にありながら薄暗い逆光めのゲームコーナー(同階全フロア使用。されどゲームセンターではない)は、特筆できる美をそこに感じました。(余談)

>>いやいや、だいじなとこをついてるような気がするな。
>>実はぼかあ、建築なんかあんまり興味がなかったのだけれど97年の暮れにウイーンで
>>cities on the moveと言う展覧会に参加して、それは、アジアの都市をテーマにした
>>展覧会で、若手の、作家達と、大御所の長谷川いつこ、黒川記章、さんたちとのショ
>>ーがあったんだ。
>> 山本理顕もその時参加していて、彼がこの展覧会の為に書いた興味深いエッセイを
>>事前に読んでいたのでそれについての話をしてみたんだ。
>> それは、「建築なんて実は誰も見やしない」と言うものだった。
>> いやーあれはまったく同感します。僕も見ない奴でしてね。
>> しかしながら、どうにも言葉のやりとりがちぐはぐで、どうやら僕は何もわっかて
>> はいないことに気が付いた。
>> それから、意識して、町を、建築物を見る習慣を付けてきたけど、ネガティブなとこ
>> ろばかりみえてきてしまうのだ。いわゆる有名なポストモダン建築などを見ても
>> 空虚感ばかり感じてしまう。
>> 美術なんかより生活の中でよっぽど大事なものだけれど、なかなか良いのに巡り会え
>> ないのはどうしたことだろうか。
>> だったら自分で面白いものをつくっちまうか。そーおもっています。

 そこで、そこの模型などをお願いできないかと考えています。大したお礼は出来ないけ ど(とはいっても以前のようにストリートアーチストじゃないから少しぐらいはね) かなり自由にやって貰いたいと思うけど。美術や建築の歴史を終わらせてやるぐらい の気持ち且つエンジョイしながらやりませんか。お返事待っています。

>模型など?いうなれば世界模型ですか?

>>世界模型ってなに?

>もうすこし企みの全容と詳細を予算も含め教えて貰えますか。

>>とりあえず、ファックスを見て下さい。予算は、4月にならないとはっきりした全体予算が見えないとのことで、正確なことは言えないけれど、 ××万は渡せるだろうなとは思っている。
>アムス在住の育休建築家製作によるDutch modelといったかんじなんですかね?

>>僕のインスタレーションの一部の最も大事な部分が、アムス在住の育休建築家とのコラボレーションだみたいなかんじかな。
>受注者としては人選の理由も知りたいところです。

>>じつは建築家の知り合いが他にいなかったということ。普通 の建築家よりは時間がありそうに思えたこと。
>>来るべく21世紀のダサ建築を共に追求してくれそうな気がしたこと。

>楽しく「美術や建築の歴史を終わらせてゆくこと」には興味を感じます。

>>サンクス。僕は直感派なんで、この言葉についてのうまい説明はかなり難しいのだけれどビジュアル化したいものです。

>また時期的には5月以降より始動(育休アムスペースですが)でよければ対応可能です。

>>大丈夫です。ぼくは、4月1から19まで福岡。5月6から、14ぐらいまでロンドン。他はずっと東京だと思う。

>まずは情報まってます。

>>psいま入ったニュースによると日本海沖に発見された不審な舟に自衛隊が威嚇射撃を始めたらしい!
ちょうやばです



参考資料2:本日記作成直前の交換日記


>From: OZAWA
>Date: Wed, 28 Feb 2001 00:50:42 +0900
>To: Jiro Endo
>Subject: 世間話など


>今帰ってきた。
>午前様になるとは。
>さて、世間話など始めようか。

いやいや、相変わらずの4日間のバタバタ帰国だったけど、抱き合わせで向ヶ丘(図版11)遊園までの強行移動はなかなか意義があったと思う。
今回はロケット竣工以来の約4ヶ月ぶりの日本で、あまりブランクがなかったから着いた初日で来日鮮度は概ね消化しきった感じだったけど、いやはやなめてはいけませんニッポン、やはり足下に鈍く輝く感動がゴロゴロ。勉強になりました。

ども
まず、困ったことに航君の送ってくれた、写真のデーターが重すぎて開けなかった。
遠藤君の携帯番号がわからん。前のと違うの?
今日は睡眠不足覚悟だしガンガン行こう。

さて、今日探検した駅前の素晴らしいあのビル(図版12)ですが、余すところなく観察したけど、うっかりチェックし忘れていたのはいつ作られたかと言うこと。アーリー'70と考えていいのかな?

床のデザイン、ボーリング場から察するに間違いないと思うが。
何となく、万博から石油ショックのあいだと考えると、色々整理できるのだが。

おざわ


>From: OZAWA <jizo@x.age.ne.jp>
>Date: Wed, 28 Feb 2001 04:54:26 +0900
>To: Jiro Endo <jiro@guesthouse-tokyo.com>
>Subject: Re: 向ヶ丘の哀愁
>
>At 5:18 AM +0900 01.2.28, Jiro Endo wrote:

定礎チェックしなかったね。
たぶんアーリー'70でいいと思うが、都心からの微妙な距離からするとレイト'70という可能性あり。岡本太郎美術館が80's風なれどレイト'90であるように。

つまりオリジナルができて、それが××年代系と同系がいくつもできて現象化してから向ヶ丘に「輸入」された痕跡も感じられないわけではない。

>>>時差はあるよね。

概してそうした文化の上澄み単純導入ものほど、それは次々と時代の波を被り続ける宿命に遭遇せざるを得ない。毎回キレの悪い直感で相談されあい、過去を刷新するでもなく塗り重ねる。そこに出来上がる質はロジカルに構築された物では到底及ばざる凄みが自動生成されている。

>>>すばらしい地層と言うか、レイヤーを見れたな。

リアルで情報量があっていながら哀愁。

>>>>>床のデザイン、ボーリング場から察するに間違いないと思うが。
>>>>>何となく、万博から石油ショックのあいだと考えると、色々整理できるのだが。
>>>>
>>>>正確には万博は何年で、石油ショックは何年だっけ?
>>>
>>>万博は'70、石油ショックは、'72か'73ですね。万博は高度経済成長時代のシンボリ ックな存在であり、石油ショックは、そのあおりで建設ブームにかなりぐらつきが来たんじゃなかったかな。
>>>そう、そのころ、田中角栄の日本列島改造論で、田舎の風景が醜く生まれ変わっ
>>>てきたこともあったな。
>>
>>そういった「醜さ」は、いまや全世界の郊外を覆い尽くしつつあるわけだが、同時にものすごく地場的(ドメスティック)な印象を潜ませていると思う。
>>だから、ほかの国でみるそういった場所は妙な懐かしさ(グローバルな共通 性)と目新しさ(ドメスティックな独自性)が鮮明に外国人として見えてくるわけだけど、自分の国だと普段なかなかその醜さに魅力を見いだすことが一般 的には 難しい。

ともあれ、この「醜く」って英語でいうと"ugly"ってやつで、最近とても多くの建築家やアーティストが積極的に使っていると僕は思っている。
つまり、ナンセンスでもポップでもアイロニーでもない、どちらかというと非常に感覚的な質を扱うことばとして。日常的で現地的でグローバルな感じ。微妙にキッチュとも違う。
僕自身もいかにしてこのアグリーなものごと自体に潜む価値を拾い上げ、光を放たせるもしくは与えられるかを、実際、傍らにもちながら設計に臨むことが多い。

小沢氏とやった醤油画資料館(上野の森美術館横東宝チェリー2階での)の会場設計施工と同資料館未来構想模型(オオタファインアーツ、de appleなど)の実施設計制作は今までの自分が絡んだ物件のなかでは、いわば最アグリーのもので小沢氏とのコラボレーションでもなければ絶対に踏み込まなかった質を造ることが出来たと思っているよ。

さて小沢氏にとってのアグリネスはどの様な価値として考え、それを通 して美術そして建築の歴史に対してなにをいいたいのか、そしてその先の未来をどの様に考えているのかをあえて改めてこのシリーズの冒頭「eyes放談」のなかで聞いてみたい。どお?

おそらく代弁すれば、未来は皆の中にあり、美術家自体が未来を造るのではなく、それを開くきっかけを提供することぐらいしかできないと。きっかけは皆が感じることから初めて始まり、考え始めることで、多様な結果 としての世の中への影響として還元される。
どんな未来であれそれぞれの皆の中から開く未来であれば、未来は複雑だがリアルだ。 アグリーには喜怒哀楽オールインワンのリアリティーが潜んでいる。



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