| ※講師はやむを得ない事情により、変更する可能性があります。 |
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| 講師からのコメント |
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写真は発明直後から建築や都市と結びついてきた。近代になってから、たとえばウジェーヌ・アジェの写真ように、自らは建築や都市の記録として撮っているつもりだった写真が都市を知覚する人間のあたらしい眼差しの発見となったように、建築や都市にとっての写真の重要さは、直接建築に関係するというより、言語化できない無意識な視線によって世界を見る方法を人間に伝えたことに大きな意義があった。写真家の視線も時代とともに変化する。
建築家の方でも、建築写真は完成した建築の忠実な記録ではなく、むしろ写真家の視線の変容によって、光と影で構成された一種の美的虚構があることは承知している。この点で、写真の発明直後にはじまっていた素朴だが直接的な関係からは大きく変動した。
他方、19世紀末から、建築界とは無縁な写真家たち、アジェ、アウグスト・ザンダー、バーナイス・アボット、ウォーカー・エヴァンズからはじまりベッヒャー夫妻にいたるまでの、視線の探求の文化史的意義は大きい。現代では虚構性がさらに変化している。極端な例としては、建築写真をとるのに、わざわざ模型をつくってそれを本物らしく撮る写真家(美術家)が登場してきた。このだまし絵は、かつて絵画にハイパーリアリズムが登場してきたときにちかい。一見、対象として堅固に思えた建築が、カメラの前でシミュレーションになってしまったのだ。建築家はもはや安定した実体の設計に安住していられる文化的基盤を失いつつあるのは確かだ。写真に美しく撮られるような外形にほとんど意味がなくなる日もくるかもしれない。
ここでは、発明直後から写真が建築に結びついた関係からはじめ、イメージが変貌し氾濫する現代にあって、それが、どのように建築を認識することに影響しているかを語る。
建築をつくる方法に写真が直接影響を与えるということは見えにくいが、建築家のみならず都市に生きる人間の環境への無意識に影響するイメージのあり方が、建築を創造する専門家の知覚に影響を与えることはむしろ当然であろう。 |
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| 多木浩二 |
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| 講師プロフィール |
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■多木浩二(たき こうじ)
評論家
1928年神戸市生まれ。東京大学文学部美学美術史学科卒業。
哲学・政治の分野から、建築や美術、写真など幅広い視覚表現に関する評論活動を行う。
70年代より、独特の立ち位置で、文化的状況と現代建築の現在を見据えた評論を展開する。60年代に創刊された、伝説の写真同人誌「PROVOKE」に、中平卓馬、森山大道とともに参加、新しい写真表現の開拓に関わるなど、写真評論の著作も多く、建築と写真の分野を繋ぐ、数少ない評論家と言える。
主な著作:『都市の政治学』『神話なき世界の芸術家――バーネット・ニューマンの探究』『戦争論』『シジフォスの笑い――アンセルム・キーファーの芸術』『生きられた家――経験と象徴』『天皇の肖像』『写真論集成』『〈もの〉の詩学』(以上、岩波書店)、『スポーツを考える』(ちくま新書)、『20世紀の精神――書物の伝えるもの』(平凡社新書)、『眼の隠喩――視線の現象学』『欲望の修辞学』『建築・夢の軌跡』『もし世界の声が聴こえたら――言葉と身体の想像力』『進歩とカタストロフィ――モダニズム 夢の百年』(以上、青土社)、『思想の舞台』『船がゆく――キャプテン・クック支配の航跡』『船とともに――科学と芸術 クック第二の航海』『最後の航海――キャプテン・クックハワイに死す』(以上、新書館)ほか。
1999年にTN プローブが主催したシンポジウム・シリーズ「現代都市ドキュメントPROBE01世界化する都市と建築」ではモデレーターを務めた。 |
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