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レクチャー・シリーズ:建築と写真の現在
第1回「建築と写真」 講師:多木浩二(評論家)

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レポート
脱-視覚的存在へ
レポーター:松田 達

©Daici ANO
建築と写真は今後いかなる関係をもちえるのでしょうか?異なる分野の取り合わせの中で、建築と写真という組み合わせは、つかず離れず、微妙な位置関係をとり続けてきました。相性はとてもよい。何しろ「建築写真」という独自の分野を生みだしたのですから。にもかかわらず、べったりではありません。お互い相手がいなくても、独立して存在できるでしょう。単純にいえば、写真は「見る側」、建築は「見られる側」です。しかし、両者の結びつきはそんなに単純なものとして発展してきたわけではありませんでした。
写真が可視化する建築と都市

©Daici ANO
多木浩二氏の講演では、まさに連続レクチャーの第一回目に相応しく、写真がその誕生から、ほとんど必然的に建築や都市と深く結びつくことになったことが語られました。建築や都市は動かないがゆえに、まだ露光時間が長かった写真の最初の被写体となったのです。そして写真は建築や都市を単に記録するだけでなく、むしろ積極的にそれらに働きかけることになりました。

多木氏は写真によってはじめて建築が「見えるもの」になったといいます。当然、建築はもともと形をもつ可視的な存在であったのですが、例えば肉眼で見られた建築は、すべての人に同じように記憶されているとは限らないでしょう。意識にのぼらなかった建築の部分は、その人にとって存在していないも同然です。しかし写真に撮られた建築は、意識にのぼらない無意識の部分まですべて映し出されています。同じことが都市にもあてはまります。これはベンヤミンが「無意識が織り込まれた空間」と呼ぶものです。
まなざしと存在
写真の誕生によって、はじめて建築や都市が可視的な存在になる。そして建築や都市が写真のまなざしによって変化していきます。写真的イメージが建築や都市に先行してつねにまとわりつくからです。建築が物理的な構築物から、視覚的存在へと姿を変えます。しかし考えてみれば、建築や都市が「見えるもの」だったというのは写真がなくても当然のことです。むしろ写真は、建築や都市のなかの「見えないもの」を発見して「見えるもの」に変えていったというべきでしょう。

写真には、モノを世界に存在させるという力があります。誰にも見られなかった風景は、写真に撮られることによってはじめて意識的な存在となります。逆に、写真はものごとの確実な存在を崩す力も持ち始めました。オリバー・ボバーグ(Oliver BOBERG)による本物と寸分変わらないリアルな模型写真は、存在しないものでも存在するかのように見せられることを示しています。そうなると写真と現実との関係はむしろ切れ始め、その先は多木氏が言うように、写真は目を愉しませるという写真独自の世界を持ち始めます。
視覚的存在からの解放
とはいえそれは建築と写真の関係が切れることを意味しているわけではありません。両者の関係はより深い地点で結びつくようになるでしょう。ポストモダン建築以降、建築が追い求めているものは、どんどん視覚的存在から離れているように思います。建築は形を与えられるという行為そのものから、自由になり始めているともいえるでしょう。にもかかわらず、形態を持たない建築はなく、写真に撮られることから逃れられる建築もありません。美術と美術品を回収する美術館の追いかけっこにも似ています。

東浩紀はジョナサン・クレーリーの『観察者の系譜』をひきながら、18世紀までは「見えるもの」にしか関心がいかなかった、19世紀には「見えないもの」の世界が発見された、そして20世紀は「見えるもの」と「見えないもの」の対立では捉えきることができなくなっていると語っています(*1)。見えるのか見えないのかよく分からないものが増えてきているというわけです。必ずしも同じ意味ではありませんが、建築も視覚的存在なのか非視覚的存在なのかよく分からなくなってきています。伊東豊雄の建築は、視覚的に美しいとしても、建築が形態化される以前のアルゴリズムが追究されています。SANAAの建築は、視覚的ではない高次の透明性を獲得しているように思います。青木淳が用いたモアレは、視覚的に見えるけれども、本来二次元的周波数のズレという非視覚的なものでした。

このような建築の変化は、逆に写真にも影響を与えるかもしれません。視覚から自由であろうとする建築を、写真はいかに捉えるのか。あるいはヘルツォーク&ド・ムーロンとトーマス・ルフのように、建築と写真が視覚を利用した、共犯的な作品が増えてもおかしくありません。多木氏の講演は、建築と写真、あるいは都市と写真をめぐる問題の出発点と、その可能性への補助線を提示してくれました。われわれは、視覚という建築と写真をつなぐ回廊に、これから入っていこうとしているのです。

*1 http://www.hirokiazuma.com/texts/dan.html
プロフィール
■松田 達(Tatsu MATSUDA)
1975年生まれ、建築家。吉村靖孝建築設計事務所勤務。隈研吾建築都市設計事務所を経て文化庁派遣芸術家在外研修員としてパリにて研修後、パリ第12大学パリ・ユルバニスム研究所にてDEA取得(ユルバニスムとその領域)。
ウェブサイトcybermetric内「Jacques Ta2」:松田達の近況報告(随時更新)
http://www.cybermetric.org/jacques_ta2/
10+1ウェブサイト「五十嵐太郎Photo Archives」にて、パリの写真を公開中
http://tenplusone.inax.co.jp/archives/2004/08/10133354.html
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